
| 名前 | なかじま はじめ |
| 出身地 | 東京都 |
| 生年月日 | 1978年1月29日 |
| 主な担当番組 | – やべっちFC – 陸海空こんなところでヤバイバル – 帰れマンデー – 世界!ニッポン行きたい人応援団 など |
アンケートへの回答をもとにインタビュー取材
Q:放送作家になったきっかけは?
大学生の時、女友達の彼氏が放送作家でその子伝いに書き溜めていたコントを沢山持って行ったらその放送作家事務所に入れてくれた。
深田 女友達の彼氏の放送作家というのは何ていう方ですか?
なかじま 浅野吉朗さんっていう人でハガキ職人からとんねるずさんのラジオで放送作家になった人ですね。一時期、野猿のメンバーだった人です。
深田 そうなんですか!?それきっかけで秋元康さんの事務所に入られたんですよね?
なかじま そうです。吉野晃章さんと浅野さんに面接して頂いて面白がってくれました。
深田 なんでコントを書き留めてたんですか?
なかじま 大学時代は小さな劇団に所属していて、コントを書いて自分でも演じたりしていたんですよ。そもそもは役者になりたかったんです。
深田 元々、芸能の仕事をやりたかったんですね。当時の秋元さんの印象とか覚えていることはありますか?
なかじま やっぱりオーラがありましたし、怒られたことはなかったですけど、怖さは感じてましたね。「ヘンなこと言ったら冷たくされるんじゃないか?」って勝手に委縮しちゃってました。めちゃめちゃ優しくしてもらってたんですけど。
深田 秋元さんから教わったことで覚えていることは?
なかじま 下っ端中の下っ端だったんでほとんどお話もしたことがないくらいなんですけど「映画を1日1本見ろ」っていうのは言われたことがあります。秋元さん自身が映画も舞台も本もとにかくエンタメ作品を見られている方なので。
深田 それ鈴木おさむさんも弟子に言ってたって聞いたことありますね。「1日1本映画見なさい」と。他に秋元さんで印象に残っていることは?
なかじま とにかく後輩に食べさせてくれるんです。ぼくは先輩が「食べて」と言ったらお腹いっぱいでも残さないのが礼儀だと思っているので必死で食べてました。無理して食べすぎて1度、秋元さんとお別れした後に路上で気絶したことあります(笑)
深田 テレ東の佐久間さんが最近太ってきてるのって「青春高校3年C組」で秋元さんと食事行くことが増えたからですよね?(笑)
なかじま たぶんそうだと思いますよ(笑)
深田 はじめさんは今でもたまに秋元さんとお会いするんですよね?
なかじま そうですね、たまにですけど。もちろん、ずっと憧れの人です。本当に優しい人なんですよね。
| 名前 | なかじま はじめ |
| 出身地 | 東京都 |
| 生年月日 | 1978年1月29日 |
| 主な担当番組 | – やべっちFC – 陸海空こんなところでヤバイバル – 帰れマンデー – 世界!ニッポン行きたい人応援団 など |
Q:人生で1番好きだったテレビ番組は?
「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで」
中学生の時、毎週ダウンタウンのトークをノートに書き起こしていた。
Q:まだ出来ていないけどいつか仕事をしてみたい芸能人は?
松本人志さん
Q:テレビ史上、最高の企画だと思うのは?
ガキの使い 笑ってはいけないシリーズ
深田 全然知らなかったですけどはじめさんはダウンタウンフリークなんですね?ぼくもですけど。
なかじま 小学生の頃に「夢で逢えたら」が始まったんですけど、ぼくはそこでダウンタウンさんを知って。衝撃的に面白かったですね。「こんなに面白い人がいるのか!?」って。
深田 ダウンタウンさんのトークをノートに書き起こしていたっていうのはどれくらいの期間やってました?
なかじま 2年くらい毎週やってました。今でも実家にノート残ってますよ。
深田 凄いですね。当然、今でも憧れの人なわけですよね?
なかじま それはずっと変わらないですね。「ガキの使い」のトークで「こんなモノの見方があるのか!?」って子供ながらに衝撃を受けたんですけど、それは今、「ワイドナショー」を見ててもそう思います。
深田 意外だったんですけどダウンタウンさんの番組はやられたことないんですね?
なかじま そうです。今、「仕事させてください」とは恐れ多くて言えないですけどいつか出来ればいいなと思います。1週間くらい寝ていないヘロヘロな状態でお会いしたいです。今のぬるい状態でとても会えないっていうか(笑)
深田 いや、全然意味が分からないです(笑)ぼく、はじめさんの「寝るのが嫌いな話」、ちゃんと聞いてみたかったんですよ。元々ショートスリーパーなんですか?
なかじま そうだと思います。寝ても3、4時間とかですかね。「寝るのがもったいない」って思うんで。起きてる間、ずっと仕事をしてるってわけじゃなくて漫画読んだり、映画見たり、テレビを見たりしてるんですけど。寝るくらいなら何かをしてたいんです。
深田 話によると布団で寝ないんですよね?
なかじま そうです、自分の電池が切れるギリギリまで粘って力尽きたら気絶して床で寝るんです。だから寝ようと思ってから寝るまでは4秒くらいですよ。
深田 毎日?
なかじま 毎日。
深田 全然意味がわからないです(笑)ちゃんと寝るのが気持ちいいとか思わないですか?
なかじま ぼくは「寝るのが気持ちいい」っていうのがあまり分からないです。
深田 寝るのが気持ちいいという感覚がわからない?じゃあ、逆に眠いことの不快感はないんですか?
なかじま それはずっと眠いです。それが当たり前の状態なんです。起きてる間はずっと眠いんですよ。だから今、ここで床で寝ようと思ったら4秒で寝れますよ。
深田 なんでずっとそんな状態でいられるんですか?
なかじま とにかく寝ることに意味がないと思っているんですよ。「寝るのは退化」だと思ってますから。逆にそんなに驚くことがわからないですからね。
深田 これは記事にしますから国民の意見を聞きましょう(笑)絶対にぼくが普通ですから。
なかじま それズルいですよ(笑)この寝ない話を正当化しようとすると4時間くらいかかるんですよね(笑)
深田 4時間は聞きたくないです(笑)ちなみに寝ないでいいようにメシもあまり食べないとかあります?
なかじま それはありますね。野菜が好きです。重いご飯食べたら眠くなるからカレーは2か月に1回とか。カツカレーは半年に1回とか。
深田 もう怖いっすわ…(笑)
| 名前 | なかじま はじめ |
| 出身地 | 東京都 |
| 生年月日 | 1978年1月29日 |
| 主な担当番組 | – やべっちFC – 陸海空こんなところでヤバイバル – 帰れマンデー – 世界!ニッポン行きたい人応援団 など |
Q:今まで自分が通した中でベストな企画は?
・「やべっちFC」での「宿題企画」
・「トリビアの泉」での「上杉家と武田家の末裔がオセロで白黒決着を付ける」
・「黄金伝説」の「戦国時代生活」
深田 「やべっちFC」は番組の立ち上げからやられているんですよね?
なかじま はい。日韓ワールドカップが開催される年に始まった番組なんですけど、その時に「サッカー好きの若手作家いないか?」ってなって、ぼくは学生時代ずっとサッカーやってて大好きで詳しかったんで入れてもらったっていう感じですね。それが24歳の時ですかね。
深田 サッカー関連の仕事は楽しいですか?
なかじま めちゃくちゃ楽しいです。極端な話、サッカーの仕事だけでも一生やっていけるならそれでいいと思ってるくらいです。
深田 続いて、「トリビア」をやられていたのも若手の時ですよね?
なかじま そうですね、田中到さんに誘って頂いて。ぼくは矢野了平くんと同い年なんですけど2人ともそこでは下っ端っていう感じでしたね。
深田 「トリビア」といえば、伝説の放送作家であり、今は映画監督をやられている三木聡さんが入られてましたけど一緒に会議はやってました?
なかじま 通常の会議とは別に「三木さん会議」があって、「トリビア」では三木さんはアドバイザーという感じでした。
深田 やっぱり面白い人でした?
なかじま それはもうめちゃくちゃ面白かったです。天才でしたよ。三木さんも憧れの人ですね。「北半球で一番くだらない番組」っていう番組でもご一緒させていただいたんですけど、紙で出すネタも、会議で話すことも、本当に面白かったですよ。「その発想、どこから出てくるの?」っていうことばっかり。
深田 たとえばどんな?
なかじま 覚えてるのだと「原始人の匂い、かいだことある?」とか。「インスタントで沼作れたら面白いよね」とか。
深田 (笑)
なかじま ぼく、ディレクターの遠藤達也さんに「やしがにのウィンク」とかで一時期可愛がっていただいていたんですけど遠藤さんも考えてることが本当に面白かったですね。
深田 遠藤さんも現役でありながら伝説のディレクターですよね。一般の方に分かるよう説明すると、遠藤さんは「月曜から夜更かし」でたまに出られてる人ですね。あとは「ダイバスター」「マツコの部屋」「寺門ジモンの取材拒否の店」などの演出をされた方。噂にはよく聞くんですけど「トリビア」は長い会議を週に3日4日やってたんですよね?
なかじま そうですね。酒井健作さんを中心に「このネタ、どうロケしよう」「どんな音楽かけよう」「撮り方はどうしよう」みたいな細かいところまで詰めてました。
深田 会議で音楽まで?それは時間かかりますね。
なかじま かかりましたね。だから「トリビア」で学んだことは多いですよ。ここまで情熱を傾けて番組作りをしなきゃいけないんだっていう、精神的なことも含めて。
| 名前 | なかじま はじめ |
| 出身地 | 東京都 |
| 生年月日 | 1978年1月29日 |
| 主な担当番組 | – やべっちFC – 陸海空こんなところでヤバイバル – 帰れマンデー – 世界!ニッポン行きたい人応援団 など |
Q:仕事を始めてから1番衝撃を受けた放送作家は?
鈴木おさむさん
Q:自分がディレクターだったら放送作家は誰を呼ぶ?
鈴木おさむさん
酒井健作さん
Q:仕事を始めてから1番衝撃を受けたディレクターは?
友寄隆英さん
深田 鈴木おさむさんとの出会いは「黄金伝説」ですか?
なかじま そうです。
深田 放送作家としてどんな方という印象ですか?
なかじま おさむさんはぶっ飛んでいる発想というよりは「たくさんの人がワクワクする企画を考えつく人」という印象です。
深田 おさむさんとの仕事で印象に残ってることとかありますか?
なかじま ぼくが「黄金伝説」のチーフディレクターをやっていたときはおさむさんには主に「企画のコンセプト」と「サイドテロップ」を相談してたんです。
深田 コンセプトは分かるんですがサイドテロップですか?
なかじま 「黄金伝説」って同じサイドテロップをずっと出しっぱなしにするという作りだったので、サイドテロップをひと目で見て、何をやっているか理解できて、かつ「面白そうだな」と思えるものにしなければいけない。サイドテロップが凄く重要だったのでそこはおさむさんに相談させてもらっていました。
深田 やっぱりいい答えをくれるんですか?
なかじま そうですね。必ず。ぼくら制作が考えたサイドテロップを見てもらって「違うな」っていうときは代案をくださるんですけど、その代案を出すスピードも異常に速い。そして必ず、「なるほど」と思うものをくださるんです。
深田 やっぱり凄い人なんですねー(笑)ここでディレクターとしての話が出たのでディレクターをやることになったきっかけをお聞きしていいですか?
なかじま 「黄金伝説」では若手の頃から作家として関わっていたんですけど、友寄さんがゼネラルプロデューサーになることが決まって、演出以外の業務もやることになって「番組のクオリティーを下げたくないからお前、ディレクターやってくれないか?」って言われたんですよ。
深田 友寄さんっていうのは「陸海空」ではおなじみのナスDのことですね。元々、友寄さんとは仲が良かったんですか?
なかじま そうですね。友寄さんが4つくらい上でぼくは先輩の友寄さんに必死についていってた、っていう感じでしたけど。仲もよくて2人で企画を担当したりずっと一緒にいました。週に15回くらい一緒にメシ食ってました(笑)
深田 それで、作家を完全に辞めてディレクターになったんですか?
なかじま 「やべっちFC」だけは残して他の仕事は全部辞めました。その時、32歳だったと思いますけど、作家としても「このままでいいのか?」と迷ってたこともあって修行のつもりでやってみようと。だからその時に髪も坊主にしました(笑)
深田 やってみてディレクターの仕事はどうでした?
なかじま 楽しかったですね。1つの番組に全てを捧げて、ずーっと1つの番組のことを考えて。生活も大変でしたけど楽しかったですね。
深田 他にディレクターをやってみて感じたことってあります?
なかじま ここまで視聴率と向き合って、視聴率次第でこんなにも人生が変わるのか?っていうのを味わいましたね。その責任感は正直、放送作家とは全く違うものでした。
深田 そこはそうなんでしょうね。ディレクターをやったことで放送作家としての考え方は変わりましたか?
なかじま 考え方で変わったことですか。…こんなこと言っていいか分からないですけど放送作家って極端な話、無くてもいい職業じゃないですか?
深田 はい。
なかじま 台本を書くのも、企画案を出すのも、会議でアイデアを出すのもディレクターがやろうと思えば出来てしまう。だから、なんとかその番組で自分の役割、存在意義を見つける、見つけなきゃいけないっていう意識は強くなったかもしれないです
深田 ディレクターを経験しててよかったっていうことはありますか?
なかじま 自分が考えた番組企画を通した時に「自分が総合演出をやれる」っていうのはありますね。それはディレクターをやっていたから出来ることですからね。
深田 そこは他の作家には出来ない部分ですよね。あと、ナスDとの関係性の話はさきほど出ましたけどやっぱり普段から面白い人ですか?
なかじま そうですね、魅力に溢れまくった人ですね。人間としての才能がすごい。「想像する才能」「それをプレゼンする才能」「映像にする才能」とにかく色んな才能に溢れた人です。絵がうまいとか、工作もうまいとか、歌もうまいとか。
深田 人間として色んな能力を持っているんですね。
なかじま そうですね。それだけの能力がありながら、常識外れな感性も持っている。ヤバイ人です。
深田 続いて、酒井健作さんはトリビアで一緒にやられてたんですよね?
なかじま はい、やっぱり健作さんは会議でも「面白いことばっかり言うな~」って思ってましたね。ぼく放送作家で仲いい人少ないんですけど、健作さんのことはすごく好きです。ぼくも自分で人間的にこじらせてるなって思いますけど、健作さんはもっとこじらせてるなって思いますね(笑)
深田 ご本人は「絶対そんなことない!」っておっしゃるでしょうけど(笑)ぼくははじめさんのこじらせ具合は放送作家の中でも相当上の方だと、今日思いましたけど。
なかじま いや~、放送作家なんてみんなこじらせてますよ。
深田 いや、その中でもはじめさんは特上級だと思いますよ(笑)
| 名前 | なかじま はじめ |
| 出身地 | 東京都 |
| 生年月日 | 1978年1月29日 |
| 主な担当番組 | – やべっちFC – 陸海空こんなところでヤバイバル – 帰れマンデー – 世界!ニッポン行きたい人応援団 など |
Q:ディレクターやプロデューサーにアピールしたいことは?
若い方・地方局の方ともぜひ仕事をしたいと思ってますので気軽にお声がけ頂ければとても嬉しいです。
あと外国の方も!
深田 はじめさんは今、広島でお仕事されてるんですよね?ぼくの地元です。
なかじま はい、元々サンフレッチェ広島が好きだったんですけど「やべっちFC」での取材がきっかけで広島のテレビマンの方と仲良くなって、そのご縁で広島のテレビ局でお仕事させていただくようになったんですよ。
深田 へぇ~、つながるもんなんですね。
なかじま そこで感じたのが、地方局のテレビマンのパワーの凄さなんです。スタッフの人数も制作費も少ないからディレクターは色んな仕事を全部自分でやらなきゃいけない。そんな苦しい状況でも「打席に立たせてもらえることがありがたい」という感じで全力で仕事をされるんです。その仕事ぶりを見させていただいてテレビ作りの根本を教えてもらっている感じがします。
深田 こういうジャンルの仕事をやりたい、というより熱い人と仕事をしたいということですね?
なかじま そうです。ぼくも若い頃、「黄金伝説」で仕事を与えてもらったときは本当に全力でやっていたんです。もちろん、今も全力でやっているつもりですけどあの頃のような熱さは少し忘れているような気もするんです。それが地方局のそういう方々とお仕事させてもらうと、その頃の熱い気持ちを思い出させてくれるというか。
深田 こんなの言うの失礼ですけど、はじめさん自身も熱い方なんですね。
なかじま そうだと自分では思ってます。…ぼく、平熱がすごく高いんですよ。37度2分くらいあるというか。
深田 はい。
なかじま だから相手も熱が高くないとダメというか。ぼくの熱をもっと上げて欲しいっていうか。…これ、スベってます?うまいこと例えたつもりなんですけど(笑)本当に平熱は高いんですよ。
深田 いやいやいや(笑)ぼく的には調子出てきたからチャチャ入れないようにしようと思って真面目に聞いてたんです(笑)
なかじま (笑)
深田 あとは、外国の方と仕事したいというのは?
なかじま ぼく、一時期スペイン語教室に通ってたことあるんですよ。
深田 そうなんですか?
なかじま スペインでサッカーの仕事が出来たら面白いなと思って。でも、忙しすぎてスペイン語教室もちゃんと行けなくなったんで、相手の言ってることは理解できる、くらいなんですけど。2か月に1回スペイン行って会議、とか憧れなんですよ。
深田 それいいですね~
| 名前 | なかじま はじめ |
| 出身地 | 東京都 |
| 生年月日 | 1978年1月29日 |
| 主な担当番組 | – やべっちFC – 陸海空こんなところでヤバイバル – 帰れマンデー – 世界!ニッポン行きたい人応援団 など |
Q:今後、関わってみたい番組は?
笑点
バリバラ
株式投資の番組
Q:今後の放送作家としての展望や人生の目標は?
放送作家としての展望:
・現状維持。今担当している番組に尽力を注ぐ。
・企画、構成、演出を担当出来る番組を作る。
人生の目標:
・自分の好奇心に素直に行動していく。
・ワクワクを大事に過ごす。
そのほか:
今一番やりたい、通したいのは「漫画の原作」。
深田 「笑点」に関わりたいというのは?
なかじま 日本人で「笑点」を知らない人っていないじゃないですか?そういう誰もが知っている番組を作りたいですね。今からでもいいからなんとか関われないかなと思ってます。
深田 「笑点みたいな番組」じゃなくて「笑点」に入りたいと。
なかじま そうです。
深田 はじめさんの考え方として「番組を多くの人に見てもらう」ということが最優先事項なんですね?
「若者に見てもらえる番組を作りたい」
「お笑い好きに見てもらえる番組を作りたい」
とか、人によって考え方は微妙に違うと思うんですけど。
なかじま そうですね。あ、これディレクターをやった時に思ったことの1つなんですけど、放送作家って営業とか編成の方の努力ってあまり分かってないじゃないですか?
深田 そうですね、普段あまり接することもないですし、ぼくも正直分からないです。
なかじま ディレクターをやった時にそういう方々と話す機会があって、スポンサーの方がどういう思いでこの番組のスポンサーになっていただいているか、とか色々な話を聞いたことで「自分の作りたいものを作ればいいじゃん」みたいな気持ちだけで番組を作るのは違うなと思ったんですね。もちろん、そういう部分はあっていいんですけど。
深田 はい。
なかじま やっぱり番組は商品ですから。
そういうことをディレクターをやった時に知れたのでたくさんの方に見てもらいたいという思いが強くなりましたね。
そして、テレビほど面白い商品はないと思ってます。
一生懸命、何日も掛けて作って放送して翌日に視聴率という結果が出る。
こんな面白い商品無いですよ。
深田 なるほど。では「バリバラ」はいかがですか?
なかじま あの番組は、障害者の方の可能性を探る、障害者の方の思っていることを発表できる場である、という意味ですごい役割をしているなと思います。
深田 はい。
なかじま 実はぼくの1歳の子供がダウン症で、それは出生前診断で「陽性」の判定が出て生まれる前から分かっていたんですけど「バリバラ」にはその頃から凄く励まされたんですよね。
障害を抱えた方の親の気持ちもよく考えた番組だなって。
企画にも愛があるし。
それは安っぽい愛ではなくてリアルを追及しているっていうか。
こういう番組はたくさんの人に観てもらって日本の障害者に対する文化から変えてもらいたい、って思いますね。
深田 なるほど。そして、3つ目が株式投資の番組。ご自身も株をやられているんですよね?
なかじま はい、リーマンショック前からやってます。
深田 きっかけは何かあったんですか?
なかじま ある時期に、放送作家って社会のことをあまり知らないなと思ったんですよ。新聞もそんなに読まないし。
深田 ほとんどの作家はそうかもしれないですね。
なかじま 例えば、新しい薬についてどれだけ知ってるか?不動産業界の未来を知っているか?多くの放送作家が分かっていない。だから、そういうことを知るために株をやってみようかと思って。
深田 社会の仕組みを知るために株を始めたんですね。
なかじま 突然ですけど、「お金」ってなんだと思います?
深田 なんですか、その鋭い質問(笑)本を読んでると「お金は信用」だとかありますけどぼくはその問いにはちゃんと答えられないです。
なかじま ぼくの中では「お金は仲間でありながら、働いてきて欲しい兵士でもある」っていう考えなんですよ。「銀行でずっと眠ってないで戦ってきてよ」っていう。株式投資というのは、その最適な戦い場所を勉強して探して(銘柄を決めて)、「じゃぁ戦ってきてよ」って投資する感じですかね。お金の話も、あと2時間くらい話せますよ。
深田 今日はこれくらいで大丈夫です(笑)
| 名前 | なかじま はじめ |
| 出身地 | 東京都 |
| 生年月日 | 1978年1月29日 |
| 主な担当番組 | – やべっちFC – 陸海空こんなところでヤバイバル – 帰れマンデー – 世界!ニッポン行きたい人応援団 など |
Q:放送作家になってから1番嬉しかったことは?
香取慎吾さんと岩の上で2人きりになった時に2人で同じ歌を歌ったこと。
「はじめ人間ギャートルズ」の「やつらの足あとのバラード」。
深田 これは「黄金伝説」でのエピソードですよね?「戦国時代生活」では草彅さんと仕事をされて、香取さんとも仕事されて。SMAPのみなさんと仕事をしたのはやっぱりいい思い出ですか?
なかじま めちゃくちゃいい思い出です!ぼくはSMAP大好きなんで。
深田 草彅さん、香取さんの仕事ぶりはやっぱりすごかったですか?元SMAPのみなさんの仕事ぶりの凄さは噂では聞きますけど。
なかじま そうですね、企画を面白がってくれて全力でやってくれましたから。「全力のエンターテイナーだな」って思いましたよ。本当に大好きです。
深田 これはいい話ですね。香取さんと唄ったのはオンエアで流れてるんですか?
なかじま いえ、全くカメラも回ってない、岩の上で船を待ってる時だったので。
深田 あ~、じゃあ本当に思い出として脳に焼き付けている最高の思い出なんですね。
なかじま そうですね、本当に感動した思い出です。
深田 …あの、すみません。取材時間、1時間半の予定だったんですけどもう3時間も経っちゃいました(笑)
なかじま え?終わろうとしてます?ぼくは明日の朝10時から仕事なんですけどそこまであと14時間くらい話せますけど。
深田 いや、それは大丈夫です(笑)ぼく、次の予定をすでに30分遅刻してまして(笑)他のみなさん、だいたい1時間半くらいで取材できたんで。まさかここまで話してくださると思ってなかったので。本当に申し訳ないです。
なかじま いや、まだまだ話したいことたくさんある・・・
深田 いや、まあそれはまたの機会で(笑)今回のを1回記事にさせてもらってもう1回取材させてもらうってパターンも考えてますから。
なかじま 今、全然しゃべりますけど?プロフィールに載せた「放送作家は軍師だと思ってる」っていう話2時間くらいしたいんですけど(笑)
深田 それまたの機会にしましょう(笑)あと確認なんですけど、プロフィールのところに書く「管理人コメント」みたいな紹介文で「アイドル好き」っていうの書いてもいいですか?
なかじま いいんですけど、それも4時間くらいしゃべれるんですよ。ただ可愛い女の子が好きなんじゃなくてぼくは「アイドルオタク」が好きだっていうのがあって。あの人たち、本当に面白いし純粋なんですよ。
深田 それは特集で「アイドル好き放送作家座談会」的なのをいつかやる時に話してください(笑)
なかじま とりあえず今度キャンプでもしながら24時間くらいしゃべりましょうよ。
深田 「取材受けるの恥ずかしい」とか言ってた割にめちゃくちゃしゃべりたがるじゃないですか(笑)
なかじま 話すと決めたからにはちゃんと話したいんで(笑)
深田 では、絶対に2回目の取材させていただきますから。その時によろしくお願いします。
なかじま わかりました。
| 名前 | なかじま はじめ |
| 出身地 | 東京都 |
| 生年月日 | 1978年1月29日 |
| 主な担当番組 | – やべっちFC – 陸海空こんなところでヤバイバル – 帰れマンデー – 世界!ニッポン行きたい人応援団 など |
――と、こんな感じで取材を終えたのだが翌日、はじめさんからこんなLINEが届いた。
「昨日は長時間お話させていただきありがとうございました!ただ、どうしても言いたかったことが話せなかったのでせっかくだと思い、ざっくりですが文章にさせていただきました!」
そのLINEと同時に『昨日、一番言いたかったこと』というタイトルのついたワード文書が届いていた。
ぼくにはこの熱量を取材の場ではしていないウソの会話を無理やり作り上げて伝えることは不可能と判断したのでこの文書を一字一句そのまま載せさせていただくことにした。
これこそがはじめさんが1番恥ずかしがるのは分かっているのだが…
【深田さんへ 昨日一番言いたかった事】
なかじまはじめ
Q:放送作家とは
僕は放送作家とは「軍師」だと思っている。
大将(演出・P)のために知恵を絞り、裏番組に勝つという目標に向けて共に戦う。
そして勝って陣地を増やし(その演出の班の枠を増やす)、民のために泰平を保つ。
(レギュラーとして定着し、視聴者の方にとって意味のある番組にする)。
仕える大将には忠誠を誓うし、そんなにあちこちに大将を作ろうとも思っていない。
(ジャンルが違えばありだが)
歴史上の軍師には色んな種類の人がいて、知力が高い人もいれば、知力だけじゃなく武力も高い人もいる。
テレビ界の場合の武力とは「ロケ・編集含む“VTRを仕上げる力”」で、僕の目標は知力もさることながら、「共に戦える」「戦場にも出れる」、武力も高い軍師になる事。
三国志でいうと統率力もある「周瑜」が好きなので、周瑜みたいな存在になりたい。
あと、「誰かのために」働くことで自分の存在を確認することが喜び。
視聴者のため・一緒に働くスタッフのため・営業部の人のため・宣伝部の人のため・・・
少しでも「いて助かりました」と思われるために、寝ないで動いていたい。
【取材後記】
「なかなかにめんどくさい人だな・・・」
今回、取材をしてみての率直な感想だ。
――アンビバレント、二律背反
ぼくが好きな欅坂46の曲で知った言葉。
奇しくもはじめさんの大師匠である秋元康さんが書いた詞にはじめさんは見事に当てはまっていた。
「自分のことを話すのは恥ずかしいからあまり話したくない」
「でもたくさん話を聞いて欲しい」
「放送作家はみんな敵だから仲良くなる必要はないと思っている」
「でもみんなと仲良くしたいし、飲みに行きたい」
「熱く仕事をしたい」
「でも涼しい顔してやってるように見られたい」
取材中、先輩に対して失礼だが「どっちだよ!」「わからんわ!」と何度も突っ込んでしまった。
きっと頭の中では色々な思考がぶつかり合い、せめぎ合っている人なんだろう。(やっぱり寝た方がいいと思う)
だからこそ、この人は優秀なのだ。
そして、今回取材をしてみての率直な感想がもう1つ。
「ぼくはこの人のこと、好きだな・・・」
確かにこの人はめんどくさい。
ただ、その根底には“仕事への圧倒的な熱量”と“人の役に立ちたいという圧倒的な愛情”がある。
それは「放送作家は軍師だと思っている」というのを取材翌日にわざわざ文書にして送ってくるところにも現れている。
そして、取材終盤、こんな言葉を聞いてしまった。
「ぼくは本当に幸せなんです。人に恵まれて、環境に恵まれてここまでやって来れて。本当に幸せな人生なんですよ」
こんな人間味のあることを聞かされたらそりゃあ好きにもなってしまう。
この人がどんな人間で、これからどんな生き方をしていくのか?もっと知りたいという欲を抱かずにはいられなかった。
まあ、本当にめんどくさい人だとは思ってますけどね。

