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第5話 喫煙者への嫉妬

河井克夫

漫画家。
著書に「ニャ夢ウェイ」1〜4(松尾スズキと共著)
「日本の実話」「女神たちと」「久生十蘭漫画集」など多数。

映画(「ゾンビデオ」〈2011〉)の脚本や、ウェブアニメや舞台の演出など、さまざまなジャンルで活躍。さらには俳優としてもNHK「あまちゃん」「軍師官兵衛」「半分、青い」などのドラマやCMにも出演。

CX「滝沢カレン一座」において放送作家として遅いデビューを果たす。

第4話 オンエア反省

河井克夫

漫画家。
著書に「ニャ夢ウェイ」1〜4(松尾スズキと共著)
「日本の実話」「女神たちと」「久生十蘭漫画集」など多数。

映画(「ゾンビデオ」〈2011〉)の脚本や、ウェブアニメや舞台の演出など、さまざまなジャンルで活躍。さらには俳優としてもNHK「あまちゃん」「軍師官兵衛」「半分、青い」などのドラマやCMにも出演。

CX「滝沢カレン一座」において放送作家として遅いデビューを果たす。

政池 洋佑 独占インタビュー

名前政池 洋佑
まさいけ ようすけ
出身地愛知県
生年月日 1983年7月26日
主な担当番組構成
– モーニングショー!
– ももクロChan
– グッディ!
脚本
– ミス・シャーロック
– 警視庁ゼロ係
など

アンケートへの回答をもとにインタビュー取材

Q:放送作家になったきっかけは?

放送作家・安達元一さんに弟子入り。


 大学を卒業してすぐに安達さんの元に弟子入りしたの?

 いや、1度就職してるのよ。

 あ、そうなの!?

 法政大学卒業してから某企業で営業をやってたんだけど、仕事内容が合わなくて、1年半で辞めちゃったの。

 そうなんだ。就活ではテレビ局は受けた?

 受けたけど全部落ちた(笑)就職した会社を辞めて、安達さんがやってる「安達塾」に入ったの。

 安達元一さんは今はコンサルタントとか、ユーチューバーで活躍されているという話を聞きますが、元々は超売れっ子放送作家の方だよね。その安達塾で修業しながら、仕事を振ってもらえた感じ?

 そう、安達さんの身の回りのお世話をする秘書的な感じで働きつつ、リサーチの仕事とかも振ってもらってた。で、そこから仕事広がっていって、3年目ぐらいから自分でも仕事取れるようになって。安達さんの元から独立して今に至るって感じ。

 放送作家として食えるようになったのはどれくらい?

 それは半年で食えるようになったよ。

 それは早いね。政池さんは脚本家を本業と捉えつつ、情報番組でがっちりやってきてるイメージあるけど。

 そうね、元々就活の時も地方局志望だったんだけど、地方局の情報番組とかやりたかったのよ。だからバラエティも好きだけど、情報番組がやりたいっていう気持ちが強かったんだけど、作家3年目くらいで「モーニングバード」に入れてもらって、やってみたらやっぱ好きだなって思った。

 おれから見たら週に何回も徹夜して朝まで仕事してるの、大変そうだなって思うけど、政池さんは情報番組を楽しそうにやってるよね。

 なんだろうね、肌に合うのかな。確かに体力的にはキツイ部分もあるけど。

第3話 ハードル下げ

河井克夫

漫画家。
著書に「ニャ夢ウェイ」1〜4(松尾スズキと共著)
「日本の実話」「女神たちと」「久生十蘭漫画集」など多数。

映画(「ゾンビデオ」〈2011〉)の脚本や、ウェブアニメや舞台の演出など、さまざまなジャンルで活躍。さらには俳優としてもNHK「あまちゃん」「軍師官兵衛」「半分、青い」などのドラマやCMにも出演。

CX「滝沢カレン一座」において放送作家として遅いデビューを果たす。

第2話 儲かってるイジリ

河井克夫

漫画家。
著書に「ニャ夢ウェイ」1〜4(松尾スズキと共著)
「日本の実話」「女神たちと」「久生十蘭漫画集」など多数。

映画(「ゾンビデオ」〈2011〉)の脚本や、ウェブアニメや舞台の演出など、さまざまなジャンルで活躍。さらには俳優としてもNHK「あまちゃん」「軍師官兵衛」「半分、青い」などのドラマやCMにも出演。

CX「滝沢カレン一座」において放送作家として遅いデビューを果たす。

西 秀進 独占インタビュー

名前西 秀進
にし ひでゆき
出身地和歌山県
生年月日1978年2月23日
主な担当番組– はやドキ!
– ノンストップ!
– musicるTV
– バラいろダンディ
– 緊急捜査トラブルSOS
など

アンケートへの回答をもとにインタビュー取材

Q:放送作家になったきっかけは?

・番組制作会社を3年でやめて、作家を目指した

・制作会社時代に知り合ったPやDに連絡して無償のアピールから。

・リサーチで入ってた番組が打ち切りになり、同じ枠で同じチームで
次の新番組をすることになった際、放送作家として迎え入れてくれた。

Q:放送作家になってから1番嬉しかったことは?

1番といえば、はじめてエンドロールに構成でクレジットされたとき。


 西さんは元々制作会社でADをやられていたんですね?形は違いますがAD経験があることはぼくと一緒ですね。

西  そうですね。ぼくは京都の同志社大学に通っていたんですけど、大学時代からテレビの仕事に興味があって、インターンで東京の制作会社でバイトをはじめたのが業界に入ったきっかけです。

 京都から東京まで通ってたんですか?

西  いえ、大森にある家賃1万円台の風呂無しのボロアパートを借りてました。といってもほとんど帰宅することはなく、会社の床にダンボール敷いて寝てましたけどね(笑)

 3年で辞めたってことはまだADの段階ですか?

西  基本ADですがロケDくらいまではやらせてもらってました。制作会社時代に担当していたのはTBSの「王様のブランチ」、日テレの「あの人は今!?」、「壮絶バトル!花の芸能界」とか。ただ当時、会議で放送作家の方を見てると楽しそうに見えて、自分もなりたくなってしまったんです。
    
 ぼくもAD経験ありますけど、AD目線だと作家って楽しそうに見えますよね(笑)制作会社時代に見ていた放送作家はどんな方々ですか?

西  有名な方だと、倉本美津留さん、福田雄一さん、宮藤官九郎さんなど、会議でご一緒したことあります。

 すごいメンツですね。

西  倉本美津留さんなんて言い方失礼ですけど、あんなキレイとは言えない風貌で、ババババ!って面白いこと言って、企画通して、会議で笑いとって帰っていくのを見てると楽しそうに見えたんですよ。第一印象は「何者やこのおっさん」って(笑)

 制作会社を辞めて、リサーチを経てから、新番組の立ち上げで放送作家として仕事をはじめたと書かれてますが、これは何の番組ですか?

西  日テレの「天才!志村どうぶつ園」です。

 おお~。一発目で「志村どうぶつ園」って凄いですね!初めてエンドロールで名前が流れて嬉しかったっていうのが「志村どうぶつ園」なんですか?

西  そうです。その時が25歳くらいですから。作家デビューがゴールデンなんて奇跡でしたね。ありがたいことに。

 じゃあ、そこからはすぐに放送作家として食えるようになったんですか?

西  まさか!確かに1本、名刺代わりの番組をしていると、他にも番組はいろいろとお声がけしてもらえたものの、しばらくして「志村~」は外されてしまいました。

 あ、そうなんですね。

西  総合演出に呼び出されて言われた言葉は今もよく覚えています。「視聴率で苦戦している中、西くんは勉強になってる」と。実際その通りで、チーフ作家さんがプレビュー時に提案した構成の仕方とか一生懸命ノートにまとめてたりしていました。作家は本来、もっとディレクターの力にならなきゃいけない立場なのに、当時はまだその認識が甘かった。弟子入りから作家になるパターンだと、先輩から学ぶ(盗む)勉強期間があったかもしれないけど、ぼくは中身が伴わないままADから転向したので、厳しいプロの洗礼という感じでしたね。

 なるほど。あと、名刺にも書いてあって気になってたんですけど、「業界人シェアハウス」を運営されてるんですね?

西  はい、その後は収入も減ったので、しばらく安いシェアハウスに住んでいたんですが、どうせなら面白いシェアハウスを自分で作っちゃおうと思って。それを始めたのが2006年なんで13年ぐらいずっとやってます。

 業界人に限定した理由はあるんですか?

西  当時は今ほどコンプライアンスもうるさくなくて、周りには家に帰れないADさんがゴロゴロいましたから、これは需要があるなと(笑)

 そうなんですね(笑)場所はどこでやられてるんですか?

西  赤坂です。だからTBS界隈のADさんが一番多いかな?あとは若手放送作家もいますし、最近だとYouTube作家の方もいます。「ありえへん世界」とか「男子ごはん」とかやってる放送作家の辻井宏仁くんも一時期、住んでましたよ。うちのシェアハウスを巣立っていった人同士で一緒に番組したりもしていて、そういうのを見ると嬉しいですね。辻井くんはこないだ自分で通した企画の番組に僕を呼んでくれましたよ。

 へ~、それはいいですね!ちなみにこれまでそのシェアハウスに住んでた人で変わった人っていました?

西  アイドルの方が住んでいたこともありましたし、セクシー女優の方もいました。

 なんでセクシー女優が?

西  地方在住の人で、東京で撮影があるときだけ、うちに住んでましたね。「稼いでそうなのになんで?」と聞いたら、「面白そうな部屋だから」と。住民みんなザワついて、汚い部屋がめちゃめちゃキレイになりましたね。普段は小汚い格好のADなのに急にオシャレになって(笑)

 まあ、そういうもんですよね(笑)

西  あとは変わったことというか、最近、「KAT-TUNの世界一タメになる旅!+」という番組がうちのシェアハウスにロケ来てくれましたよ。

 へ~、KAT-TUNが。マッコイさんがやられてるやつですよね?

西  そうですそうです。でも放送作家名鑑でこの話関係ないですよね(笑)

 いや、面白い話なんで大丈夫ですよ(笑)

じんぼぼんじ 独占インタビュー

名前 じんぼぼんじ
出身地東京都
生年月日1985年8月27日
主な担当番組作家として
– TOKYOFM
 Timeline

ナレーターとして
– THE MANZAI
– ENGEIグランドスラム
– MATSUぼっち
– 新幹線変形ロボ 
 シンカリオン
 THE ANIMATION

アンケートへの回答をもとにインタビュー取材

Q:放送作家になったきっかけは?

ラジオDJ事務所に所属していたときに、英語とITに詳しいという理由で、TOKYO FMのTimelineという番組でウェブスタッフ兼作家になったのが
キッカケです。

その後、ウェブ業界で企画屋をやっていたんですが、たまたま同僚だったアイクぬわらという芸人のネタを一緒に考えたり、番組アンケートを書いたりしているうちにライブの作家として加わって、その関係で様々なイベントに作家として呼ばれはじめて現在に至ります。
(なので厳密には放送作家ではありません)


  じんぼさんは仕事も色々なことをやられていて経歴もやや複雑なので整理してお聞きしていっていいですか?
そもそもナレーターをやり始めたきっかけは?

んぼ 父親がCMを手掛ける音楽のプロデューサーだったんですけど、高校生の頃から父の仕事の手伝いでたまにナレーションをやっていたんですよ。

  へぇ~。文字だと分からないですけど、普段のしゃべり声から低音のいい声なんでお父さんがナレーションをやらせたっていうのは凄く納得です。

んぼ ありがとうございます(笑)あとは英語が話せたというのが大きかったんですけど、その後も色々な縁で声のお仕事をいただいてきた感じです。なので、いつからナレーターを始めたっていう認識が明確にはないんですよね(笑)

  プロとしてのナレーションの一発目の仕事が何かって憶えてます?

んぼ テレビの仕事はロンブーの淳さんがMCをされたフジテレビの特番の「YOU vs 7」っていう番組ですね。それが26歳くらいの時だと思います。

  それは誰経由でもらったお仕事ですか?

んぼ フジテレビでディレクターをやっている加藤タケルが学生時代からの友達で、その番組はタケル経由ですね。

  あ~、そうなんですか。タケルさんはぼくも「新しい波24」でご一緒してました。ちなみにお父さんが手掛けたCMはどんなのがあるんですか?

んぼ 有名なのだとDHCの「0120333の906~♪」ってやつとか

  おお!有名なやつですね!

んぼ あとは「明治ブルガリアヨーグルト♪」とか。

  おお~!それも有名!ちなみにじんぼさんは発声とかは誰かに習ったんですか?

んぼ ナレーターだった母親の同期に中村啓子さんという方がいて、4年ほどその方に習いに行ってました。NTTの時報とか留守番電話サービスセンターの声をやられている大御所の方なんですけど。

  それはきっとその世界では相当凄い方ですよね。っていうか、じんぼさんの家庭環境、凄いですね。かなりのお金持ちでしょ?

んぼ いやいや、全然そんなことないんですよ。そう思われがちなんですけど中流家庭って感じですよ。

  でもインターナショナルスクール通ってたんですもんね?

んぼ インター通ってる人間がみんな金持ちなわけでもイケてるわけでもないですよ(笑)家から近かったっていうのがインターに通わされた1番大きな理由ですから。

  東京のインターナショナルスクールですよね?のちの有名人とかいました?

んぼ 宇多田ヒカルさんと関根麻里さんは同じ幼稚園でしたよ。うちの兄貴は宇多田ヒカルさんと同い年で、当時、ラブレターみたいなの貰ったらしいですから。

  マジですか!?それ超お宝じゃないですか!

んぼ そうですよね(笑)宇多田ヒカルさんがデビューしたときに、兄貴が「俺、今でも手紙持ってるぞ!」って言ってたんですけど、今も持ってるのかどうかは知らないですね。

  当然、じんぼさんは英語ペラペラなんですよね?

んぼ そうですね。ナレーション以外でも英語が話せるおかげで色々なお仕事をもらってきたところはあるので、英語が話せるというのは仕事においてめちゃくちゃでかいですね。

  やっぱりそうなんですね~。世のお母さん達は子供に英語をしっかり習わせてあげた方がいいですね(笑)

矢野了平 独占インタビュー

名前矢野了平
やの りょうへい
出身地埼玉県さいたま市(旧・大宮市)
生年月日 1977年6月19日
主な担当番組– ミラクル9
– 潜在能力テスト
– 今夜はナゾトレ
– 99人の壁
など

アンケートへの回答をもとにインタビュー取材

Q:放送作家になったきっかけは?

アルバイトでクイズ問題作成をしていた「高校生クイズ」のプロデューサーに「お前は作家になれ」と言われたのがきっかけ。


 アルバイトでクイズ問題を作っていたというのは大学でクイズ研究会とかに入ってたからそういうバイトの依頼があったってことですか?

 高校の頃にクイズ研究会を自分で作ってその頃から、いろんな大学のクイズ研究会にも顔を出していたんですよ。その時、大学生の人たちが「高校生クイズ」の問題を作るバイトをやっていたんですけど自分も大学生になってそのバイトを紹介してもらったんです。

 バイトで知り合った高校生クイズのプロデューサーに「作家になれ」と言われてすぐ放送作家に?

 自分ではその頃バイトをしていた居酒屋の正社員になるもんだと漠然と思っていたんですけど「作家になれ」と言われて「楽しそうだし、やってみてダメならいつでも戻れるかな」と思って大学を卒業してから今も所属しているカメヨという事務所に入らせてもらったんですよ。

 最初はどんな仕事をされてたんですか?

 最初は事務所の先輩作家のお手伝いでラジオでリサーチをしたり、雑用をやってましたね。その中には「高校生クイズ」の仕事もありましたし。

なかじまはじめ 独占インタビュー

名前なかじま はじめ
出身地東京都
生年月日1978年1月29日
主な担当番組– やべっちFC
– 陸海空こんなところでヤバイバル
– 帰れマンデー
– 世界!ニッポン行きたい人応援団
など

アンケートへの回答をもとにインタビュー取材

Q:放送作家になったきっかけは?

大学生の時、女友達の彼氏が放送作家でその子伝いに書き溜めていたコントを沢山持って行ったらその放送作家事務所に入れてくれた。


 女友達の彼氏の放送作家というのは何ていう方ですか?

かじま 浅野吉朗さんっていう人でハガキ職人からとんねるずさんのラジオで放送作家になった人ですね。一時期、野猿のメンバーだった人です。

 そうなんですか!?それきっかけで秋元康さんの事務所に入られたんですよね?

かじま そうです。吉野晃章さんと浅野さんに面接して頂いて面白がってくれました。

 なんでコントを書き留めてたんですか?

かじま 大学時代は小さな劇団に所属していて、コントを書いて自分でも演じたりしていたんですよ。そもそもは役者になりたかったんです。

 元々、芸能の仕事をやりたかったんですね。当時の秋元さんの印象とか覚えていることはありますか?

かじま やっぱりオーラがありましたし、怒られたことはなかったですけど、怖さは感じてましたね。「ヘンなこと言ったら冷たくされるんじゃないか?」って勝手に委縮しちゃってました。めちゃめちゃ優しくしてもらってたんですけど。

 秋元さんから教わったことで覚えていることは?

かじま 下っ端中の下っ端だったんでほとんどお話もしたことがないくらいなんですけど「映画を1日1本見ろ」っていうのは言われたことがあります。秋元さん自身が映画も舞台も本もとにかくエンタメ作品を見られている方なので。

 それ鈴木おさむさんも弟子に言ってたって聞いたことありますね。「1日1本映画見なさい」と。他に秋元さんで印象に残っていることは?

かじま とにかく後輩に食べさせてくれるんです。ぼくは先輩が「食べて」と言ったらお腹いっぱいでも残さないのが礼儀だと思っているので必死で食べてました。無理して食べすぎて1度、秋元さんとお別れした後に路上で気絶したことあります(笑)

 テレ東の佐久間さんが最近太ってきてるのって「青春高校3年C組」で秋元さんと食事行くことが増えたからですよね?(笑)

かじま たぶんそうだと思いますよ(笑)

 はじめさんは今でもたまに秋元さんとお会いするんですよね?

かじま そうですね、たまにですけど。もちろん、ずっと憧れの人です。本当に優しい人なんですよね。