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オグロテツロウ 独占インタビュー

名前オグロテツロウ
出身地東京都出身
生年月日 1980年
主な担当番組– 怒り新党
– TVタックル
–ノンストップ
など

アンケートへの回答をもとにインタビュー取材

Q:放送作家になったきっかけは?

・何を仕事にしようか定まらなかった時に、
 初めて「これを目指したい!」と思えた職業が「放送作家」

・専門学校在学中から作家・リサーチ事務所で働くように。

Q:人生で1番好きだった番組は?

・めちゃ×2イケてるッ!


深田  アンケートに書かれている「何を仕事にしようか定まらなかった時」っていうのは何歳の時の話ですか?

オグロ 18歳頃の浪人時代の話ですね。何かしら目指さないといけない中で、とりあえず、手に職だ!と思って、薬学部志望で浪人していたんですけど、受験勉強が嫌いで嫌いで(笑)。強い意志があったわけでもないので、全然頑張れなかったんですよ。そんな浪人時代、テレビやラジオ番組にハガキを送っていたら、ちょこちょこ採用されることがあって。「これを職業にしたら楽しいだろうな」と思って、薬学部を目指すのを辞めて東放学園に行くことにしたんです。

深田  テレビスタッフを目指す人が通う専門学校ですね。

オグロ そうですね。その東放学園に、放送作家事務所の社長がゲスト講師としてくる授業があって、その事務所が「奇跡体験!アンビリバボー」のリサーチを担当していたので番組で使えそうなネタを調べて持ってたんですよ、講義の後に。そしたら、「目の付け所は悪くない」と言ってもらえて、その事務所にお世話になることになったんです。だから、テレビ業界での最初の仕事は「アンビリ」のリサーチでした。

深田  すごいですね。「アンビリ」のリサーチなんて死ぬほど大変だったでしょ?

オグロ いや~大変でしたね、毎週“奇跡の話”を探して提出する仕事なんで(笑)。僕が参加させてもらった時点で、もう何年もやっている番組だったので、わかりやすい調べ方はもう済んでるわけですよ。時間かけたからといって見つかるわけでもないし、めちゃくちゃ大変でした。でも、今思えばですけど、あの番組が1つ目の仕事でよかったなと思いますね。勉強にもなりましたし、あれよりしんどいと思う仕事はその後あまりないので。今も番組が続いているのがホントスゴイです。

深田  そうですよね。ではリサーチではなく構成で初めて関わった番組って何ですか?

オグロ 初めて台本を書かせてもらったのは「JAM The World」というラジオ番組のコーナーですね。テレビに関しては…あまりちゃんと覚えてないんですよね(笑)たぶん、通販番組だったような気がします。

深田  ちなみにオグロさんって学生時代はどんなキャラだったんですか?一説によると悪かったという話もありますが(笑)

オグロ それ(北本)かつらさんが言ってるだけですよ(笑)かなりおとなしい部類の人間だったと思います。

深田  オグロさん、穏やかですけど見た目はけっこう怖いし、東京の新宿出身だから「悪かった」って言われても不思議ではないですからね(笑)ちなみにお笑いは好きだったんですか?

オグロ お笑いも好きですよ。高校の時は、ナインティナインの「オールナイトニッポン」にハマってハガキを投稿してました。ナイナイは「とぶくすり」「殿様のフェロモン」くらいからずっと見てますね。他のテレビ番組だと子どもの頃は「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」、その後、「みなさんのおかげです」「ごっつええ感じ」・・といった感じで。

村上卓史 独占インタビュー

名前村上 卓史
むらかみ たかふみ
出身地神奈川県出身
生年月日 1966年9月26日
主な担当番組– ジャンクSPORTS
– 炎の体育会TV
– 元気が出るテレビ
– 学校へ行こう
など

アンケートへの回答をもとにインタビュー取材

Q:放送作家になったきっかけは?

「元気が出るテレビ!!」の放送作家予備校です


深田 テレビ業界ではわりと知られていることですが、村上さんは「元気が出るテレビ!!」の放送作家予備校出身ですよね?

村上 そうです。放送作家予備校の第2期生ですね。

深田 同期にはどんな方がいらっしゃったんですか?

村上 同期に都築(浩)くんとか、おち(まさと)くんがいて、1期上にそーたにさん、田中直人さんといった方々がいました。

深田 すごいメンツですよね。村上さんはテレビで募集を見て応募されたんですか?

村上 実は僕は「元気が出るテレビ!!」を毎週見ていたわけではなかったんですよ。ずっと裏の大河ドラマを見ていたんですけど、20時45分に大河が終わって、ある日、たまたまチャンネルを回した時に「元気が出るテレビ!!」で放送作家予備校の募集告知をやっていたんですよ。元々テレビは好きだったので、面白そうだなと思って応募してみました。

深田 書類で通って、面接に呼ばれたんですか?

村上 そうですね。会場に行ったら100人くらい候補者がいて。僕は状況があまりよく分かってなくて、テレビの仕組みも知らないから「ここで合格すれば日本テレビに入れるのかな?」みたいな感じで思っていました(笑)。

深田 それ、村上さんは何歳の時ですか?

村上 大学2年生の時。

深田 元々テレビ業界志望だったんですか?

村上 テレビが好きだったから「入れたらいいなー」くらいには思っていたけど、テレビって遠い世界の感覚だったから、うっすら思ってた程度ですね。当時は大学で国語の教員免許を取っていて、高校の先生になるつもりでした。

深田 結果、放送作家予備校をきっかけに、ロコモーションという制作会社に所属することになったわけですよね?

村上 「元気が出るテレビ!!」を作っているIVSテレビという制作会社の子会社であるロコモーションに所属することになりました。面接会場にいた100人くらいの中から、15人くらいが採用されて所属することになって。ただ、1年後には半分くらいが辞めちゃいましたけど。

深田 辞めた人は自分の才能に限界を感じてなのか?体力的にきつかったのか?どっちですか?

村上 どっちもあると思うけど、精神的にきつかったってのが大きいかな。才能という意味では、僕も「えらい場所に来ちゃったな」とは思った。そーたにさんのネタの面白さとかを目の当たりにして「間違えてジャイアンツに入っちゃった」って思ったから(笑)

深田 周りの人たちを見て、みんな凄いなと思いました?

村上 思った(笑)無理だなと思いました。だから自分に何が出来るかって考えたときに早い段階で「スポーツ」という、自分の得意ジャンルを見つけられてよかったな、と。

深田 そーたにさん、田中直人さん、おちまさとさん、都築浩さんって、同世代にすごいメンバーが揃っていますもんね。ロコモーションでいうと下の代には堀江利幸さんもいますよね。それって才能溢れる人たちが集まったのか?テリー伊藤さんを始めとした先輩方のスパルタ教育があったから凄い人たちが育ったのか?どうなんでしょうか?

村上 どうなんだろう…でもやっぱりテリーさんは人を見る目があったんじゃないかなと。もちろん自分のことはそんな風には思っていませんが、それなりの数の中から選ばれた人たちなので、ある程度の才能がある人たちが集まったっていうことはあったのでは。

深田 村上さんが最初に担当した番組は何だったんですか?

村上 僕はロコモーションの親会社のIVSさんが当時制作していた番組の中から「元気が出るテレビ!!」と「ねるとん」に配属されました。

深田 村上さんといえばスポーツのイメージがありますけど、スポーツの番組に関わるようになったきっかけはあるんですか?

村上 日本テレビでやっていた「徳光&所のえらい人グランプリ」というスポーツバラエティ特番ですね。「行列のできる法律相談所」「世界一受けたい授業」の演出をやっている髙橋利之さんと企画から組んで実現した番組。それがきっかけで当時、彼が勤務していたスポーツ局に出入りするようになり、オリンピックとか、プロ野球とか、バレー中継の仕事に関わるようになっていったんですよね。その後、K-1が始まった頃にフジテレビのスポーツ班からお声がけいただいたり、作家仲間の鮫ちゃん(鮫肌文殊氏)の紹介でTBSの「筋肉番付」に入れてもらって、世界陸上や世界バレーもやらせてもらうようになったり、っていう流れですね。

深田 すごい仕事の広がり方ですね。村上さんより上の世代でそういう風にスポーツの番組をたくさん手掛けられている方っていらっしゃったんですか?

村上 スポーツニュースとかにはいたと思うけど、バラエティから来た作家ではあまりいませんでしたね。というのも「珍プレー好プレー」以外で、スポーツバラエティって、それまではほぼなかったので。90年代に我々がスポーツのお仕事をするようになった頃から中継の演出やアスリートのテレビ出演の在り方が少しずつ変わってきて2000年に入って「ジャンクSPORTS」みたいなスポーツ局制作のレギュラー番組が始まって…それがきっかけかどうかは分からないけど、その頃からスポーツバラエティがメジャーになっていった感じだと思います。

深田 今はスポーツ全般に詳しくなられていると思いますけど、元々は何のスポーツが好きだったんですか?

村上 野球とプロレスですね。それがベースです僕は子供の頃から大洋ファンだったから。

深田 あ~、ジャイアンツではないんですね(笑)

村上 神奈川出身だから。あとは大学ラグビーも好きだったし、20歳ぐらいから競馬も好きになったかな。

深田 それらに共通しているものって何なんですかね?

村上 東スポが力を入れているスポーツ()というのはさておき、“ストーリー性”ですね。アングルなんですよ。野球も競馬もプロレスも。1つの勝負の瞬間が面白いというよりも、そこに至るまでのストーリーを知ったうえで見ると何倍も楽しめます。

深田 あ~なるほど。