名前安田 聡太
やすだ そうた
出身地大阪府堺市
生年月日1982年7月13日
主な担当番組– ザ!世界仰天ニュース
– 林修の今でしょ!講座
–  ビートたけしのTVタックル
など

アンケートへの回答をもとにインタビュー取材

Q:放送作家になったきっかけは?

・馬主になれる職業だと知って。
・古舘プロジェクトの「月刊放送作家の会」というセミナーを経て
制作会社の作家・リサーチ部門に入りました

Q:人生で1番好きだったテレビ番組は

・とんねるずのスポーツ王は俺だ


深田 安田さんが競馬好きというのは知っていたんですけど、放送作家になったきっかけも馬なんですね?

安田 そうなんです。大学生の時に馬主について色々調べていたら、馬主になっているのは圧倒的に経営者が多い中、放送作家の人がいるのを知って。村上卓史さんのことなんですけど。

深田 読んでいただいている皆さん、村上さんというのはこの放送作家名鑑でも取材を受けてもらった大御所作家の方です。

安田 馬主になる条件は当時から少し変わっているんですけど「所得がいくら以上を何年続けていて資産がいくら以上」みたいなのがあるんですよ。サラリーマンだとその条件を満たすのはなかなか難しい数字で、起業して社長になるのが一番の近道なんですけど、そんなタイプの人間でもなく…で、放送作家の人が馬主になっているっていうのを知って興味を持ちまして。まあ、業界に入って15年、全然条件満たせてないんですけど(笑)

深田 安田さんでもまだ無理なんですか!?相当ハードル高いですね~。っていうかやっぱり村上さんって凄いんですね。

安田 相当凄いですよ。

深田 ちなみに安田さんって大学どこ行かれてたんですか?

安田 一橋です。

深田 安田さん、一橋なんですか!?めちゃくちゃ頭いいじゃないですか!

安田 大阪出身なんですけど、一橋大学を選んだのもキャンパスが府中競馬場の近くにあったからですからね(笑)

深田 高校時代から競馬ガチ勢だったんですね。競馬については詳しくはのちほどお聞きしますが、放送作家になった流れはどんな感じですか?

安田 アンケートにも書かせてもらいましたけど、大学4年の時、古舘プロジェクトっていう古舘伊知郎さんの事務所が主催している無料のセミナーに通ったんですよ。

深田 古舘プロジェクトは古舘さんをはじめとしてタレントさんもいらっしゃいますけど、放送作家事務所でもあるんですよね。樋口卓司さんとか鮫肌文殊さんとか山名宏和さんといった大御所放送作家が所属してらっしゃいます。僕もそのセミナー行ったことありますから。タイミング的には安田さんより何年か後ですけど。

安田 そのセミナーで樋口卓治さんに「放送作家って仕事が無くても名乗った時点で放送作家だから」「放送作家やりたければ、どこでもいいからまず事務所に入ってみたら?」と言われまして。内心、古舘プロジェクトに入れればとうっすら思ってたんですが、入れてくれる感じはみじんもなく…放送作家事務所を調べてみたんです。そうしたらある制作会社が作家・リサーチ部門の募集をしていたので、応募して社員として採用してもらいました。

深田 社員でやってたんですか!?

安田 そうです。給料制でやってました。「世界仰天ニュース」をやっている会社だったんですけど。仰天ニュースのネタだしなどを担当していました。

深田 構成の仕事をやれるようになったのはどれくらいからですか?

安田 2年くらい経ってからですかね。BS-TBSでやっていたソムリエの田崎真也さんの番組が初めての構成作家としての仕事だったと思います。

深田 安田さん、今はフリーでやられてますよね?

安田 その会社は僕が抜けたいと言って抜けたわけじゃなく、その部署自体が解散になったんですよ。確か入社から4年半くらい経った頃で僕は26歳だったと思います。そこに所属していた作家はみんなフリーになって、僕もそれまでに出来ていたコネで仕事を続けさせてもらった感じです。

深田 色々な番組に呼んでもらえるようになったきっかけとかあります?

安田 僕は「ほこ×たて」が大きかったですね。あの番組をきっかけに色々な方にお仕事に呼んでもらえるようになったんで。

深田 残念な形で終わりましたけど、めちゃくちゃいい番組でしたよね。僕は1回目の特番から「めちゃくちゃ面白い番組だな!」って思ってましたからね。「シルシルミシル」を日曜19時にやってて「ほこ×たて」が裏番組に来るって聞いた時に震えましたからね。それにそのゴールデン1発目のスペシャルがまためちゃくちゃ面白くて。未だにブルーレイに焼いて永久保存版で持ってますからね。金属とドリルの対決、凄かったですよね。

安田 そう言っていただけると嬉しいです。あの番組がきっかけで「世界仰天ニュース」でも元々リサーチだったのが、構成作家としてやらせてもらえるようになったので、自分的には転機になった番組ですね。

深田 学生時代はどんな感じでした?

安田 イケてるグループ、イケてないグループでいうと、思いっきりイケてないグループの人間ですよね(笑)

深田 一橋行ってるくらいだから勉強は出来たんですよね?

安田 勉強自体は嫌いじゃなかったです。小5の時に塾に行き始めて、勉強が楽しくなったんですよ。競争が楽しくなったというか。頑張って勉強して成績上位になったら少し離れたレベルの高い塾に移ったんですけど、そういう感じも気持ちよかったというか。

深田 勉強出来る人って頑張った分だけ結果が出る感じが楽しいんでしょうね。ほとんどの人はなかなかそんな風に思えないですけど。

安田 それで中高は大阪星光学院っていう学校に通ってました。

深田 偏差値は高い学校なんですよね?

安田 大阪では一番でした(笑)今はどうか知らないですけど。中学の時から大学受験に向けた勉強をするような。みんなが東大・京大を目指してる感じの学校でした。

深田 やっぱ凄いな~。そんな育ちならそりゃあ仕事も頑張れますよね。青春をこれに捧げたみたいなものはあるんですか?部活とか。

安田 中2まではテニス部だったんですけど腰が痛くて、あっさり辞めちゃいました。これといって青春を捧げたものってないんですよね。

深田 お笑いは好きだったんですか?

安田 当時流行っていた「吉本超合金」とかは見てましたし、人並みにはお笑いも好きでしたけど、特別好きっていう感じはなかったですね。

深田 大学時代の青春は競馬ですよね?

安田 そうですね。サッカーサークルに入ってたんですけど、競馬があるからって試合を休んでましたからね(笑)

深田 そのために一橋行ったようなもんですもんね(笑)