
| 名前 | 澤井 直人 さわい なおと |
| 出身地 | 京都府出身 (地元:滋賀県) |
| 生年月日 | 1990年5月25日 |
| 主な担当番組 | – 世界の何だコレ!?ミステリー – どうぶつピース – シブザイル など |
アンケートへの回答をもとにインタビュー取材
Q:放送作家になったきっかけは?
・キスお化け屋敷
・深夜時代のすべらない話の宮川大輔さん
・なかよしビクトリーズさん(元オレンジサンセット)
Q:人生で1番好きだったテレビ番組は?
・人志松本のすべらない話
・ふくらむスクラム(いちばんスクラム)
・M-1グランプリ
・ミスタービーン
深田 アンケートに書いている「キスお化け屋敷」っていうのは何ですか?
澤井 小学校の頃の話なんですが…。これが、企画!?というものを最初に考えた原体験なんですよ。
深田 なんか面白そうですね(笑)ちなみに澤井さんはどんな小学生だったんですか?
澤井 自分で言うのも何ですが…小学生の頃は、クラスメイトたちを束ねるのが好きな、いわゆる“明るくて人気者”だったんですよね。面白いかどうかは別として…(笑)
深田 へぇ~。放送作家になる人の中では珍しいような気がします(笑)
澤井 そんなこともあって学校終わりはいつも友達が僕の家に遊びに来ていたんですけど、ある時期から飽きてみんな来なくなってきていたんです。それで友達を呼び戻すためになんか面白いことをやりたいなと思っていたんですけど、そこで考えたのがお化け屋敷で。手作りのお化け屋敷を作って遊んでいたんです。
深田 そこまでは小学生っぽくていいですね(笑)
澤井 そのお化け屋敷のことを学校でクラスメイトの女子に話したら「私も混ぜて欲しい」と言ってきました。でも、その女の子は少女漫画がすごい好きで、キスへの憧れを強く持っていた女の子だったんですよ。
深田 ほぉ(笑)
澤井 それを聞いてお化け屋敷のゴールにその女の子が待っていて、ゴールしたらその子がキスしてくれる「キスお化け屋敷」っていうのを考えたんです(笑)
深田 もうちょい詳しくシステムを聞いていいですか?(笑)
澤井 男子がお化け屋敷に入る時は目隠しをして手を後ろで縛った状態で進むんです。ゴールには灯りがあって、その光に向かって進むんです。それでゴールしたら女の子が唇にキスしてくれるんですよ。だから、男子はキスしてくれたのが誰か全く分からないんです。もっと言えば、今も当時の友達はキスしてたのが誰か知らないんですよ。その女の子は別に隠して欲しいって思ってなかったんですけど、僕はその子のプライバシーを守ってあげようと思って一切誰にも言ってないので。
深田 そこはちゃんとしてますね(笑)
澤井 その「キスお化け屋敷」が一大ブームになって、同い年だけじゃなく先輩もうちに遊びに来てくれるようになったりしてすごく嬉しかったんですよ。僕の人生において人を楽しませるという成功体験を初めてしたのが「キスお化け屋敷」だったんです。
深田 面白いですね。なかなか切れ味鋭い話だと思います。それで具体的に放送作家を目指したきっかけは?
澤井 僕の通っていた高校が京都にある進学校で、みんな東大・京大・早稲田・慶応とかを目指すような感じで、僕も早稲田を目指してたんですよ。でも現役では合格できなくて、特に何がしたいとかもないまま、浪人することにしたんですね。その浪人時代にテレビで見たのが「ふくらむスクラム!!」という番組で。
深田 あ~、分かります。フジテレビでめちゃイケ、はねるのトびらを生んだ「新しい波シリーズ」から派生した番組ですね。前田敦子さん、かまいたちさん、ニッチェさんが出ていた。
澤井 そうです。僕が見た時にやっていた企画が、芸人さんがふんどしに火をつけて、火がお尻に到達するギリギリまで粘って海に飛び込んで火を消す企画だったんです。そこで、オレンジサンセットというコンビの岡田さんがギリギリまで我慢しすぎて火だるまになってたんですよ。それを見て腹ちぎれるくらい爆笑しました。後で調べてみたらその岡田さんが僕と同い年だったんです。自分と同い年の人がテレビでそんな面白いことをやっているのが凄くカッコよくて!それで僕もお笑いの道に行きたいなと思ったんです。
深田 それもまた面白いきっかけですね。「お笑いの道」っていうのは最初は芸人を目指したんですか?
澤井 最初から放送作家にはなりたかったんですけど、まずは大阪のNSCに入ったんです。鈴木おさむさんが放送作家をやる前に芸人の気持ちを分かるために芸人として舞台に出てた、みたいな話を知って、僕もまず芸人を経験してみようと思って。
深田 なんか取る行動がいちいち面白いですね(笑)NSCの何期生ですか?
澤井 大阪NSC35期です。同期はゆりやん、ガンバレルーヤ、かが屋の加賀君、からし蓮根、ラニーノーズとかがいました。
深田 お~、豊作の年ですね。ちなみにその年はゆりやんが主席で卒業しているんですよね?NSC時代から面白かったですか?
澤井 そうですね、圧倒的に面白かったですよ。NSCのときってみんな尖っていて、他の芸であまり笑ったりしないんですが、ゆりやんがネタをやるときはみんなかぶりついて見ていましたね!あと、かが屋の加賀くん!NSCって全部で7クラスあったんですけど、たまたま同じクラスで。多分最初の3か月くらいでNSCはやめているんですけど…ネタ見せて1人でやっていた“センターマイクさん”ってコントが衝撃的でした。東京に来て、数年後“かが屋”をテレビ見て声を出して驚いたのを覚えています。
深田 NSCを卒業した後は?
澤井 卒業後に上京して最初はヨシモト無限大ホールでバイトしていたんですけど、2か月くらいで辞めまして(笑)その後、オレンジサンセットの岡田さんにTwitterでDMを送ったんです。僕が放送作家を目指した経緯とかも書いて、それで「お話させてください!」ってお願いしたら返事をくれて。それで渋谷のドトールでお茶しましたね。その出会いからは…岡田さんとは毎日のように新宿で会ってネタの話や、お笑いの話を朝から夜までしていましたね。話したりず…バイトも一緒のラーメン屋で働いていました。タイミングもよく、オレンジサンセットさんが主催の新宿バティオスでやる若手芸人のお笑いライブのお手伝いをさせてもらうようになったんです。そこで色々な芸人さんと一緒にコーナーとか考えたり、ライブ終わった後に皆でお笑いの話しながら歌舞伎町にある“めだか”って安い居酒屋でライブのことについて話し合ってました。お金はほんとなかったですが、青春でしたね。
深田 行動力も凄いし、ちゃんとそれが実ってますね。そこからどうやってテレビの放送作家をやるようになったんですか?
澤井 それも僕が好きな番組をやっている放送作家の方に何人かDMを送ったんですよ。その中で唯一、丁寧に返信をくれたのが竹村武司さんでした。
深田 優しいな~。
澤井 いきなり、TBSの企画会議に呼んでくださって、そこで企画書のフォーマットを見せて頂いてずっとそれを真似して企画書の練習してましたね。
深田 行動力もすごいし、澤井さんは努力も凄いですよね。企画書もめちゃくちゃ書いてたんでしょ?
澤井 何年か前までは、年間400本ペースで書いてましたね。もう今はそんな数書けませんが…。
深田 テレビ関係の人は分かると思いますが、異常者のレベルですよね(笑)年間400本は一握りの変人しか到達できない領域ですよ。
| 名前 | 澤井 直人 さわい なおと |
| 出身地 | 京都府出身 (地元:滋賀県) |
| 生年月日 | 1990年5月25日 |
| 主に担当番組 | – 世界の何だコレ!?ミステリー – どうぶつピース – シブザイル など |
Q:今まで自分が通した中でベストな企画は?
・祝!春日結婚します!(テレビ東京)
・全部私が触りました(テレビ朝日)
・なれそめザペアレンツ(日本テレビ)
Q:ディレクターやプロデューサーにアピールしたいことは?
人をあまり嫌わない性格なので…
基本誰とでもコミュニケーション出来ると思います…
Q:仕事を始めてから1番衝撃を受けた放送作家は?
・大平尚志さん
・竹村武司さん
・ホソカワザムービー
Q:自分がディレクターだったら放送作家は誰を呼ぶ?
・自分で編集とかテロップ入れも出来る年下作家。
・スゴイ人生経験していて、アイデアの着想が全く違うところから湧いている作家。
Q:仕事を始めてから1番衝撃を受けたディレクターは?
・マイアミ啓太
・バクシーシ山下
※他にもいっぱいいますが…
深田 澤井さんは大平さんとよく一緒にお仕事されてるイメージがありますね。
澤井 そうですね、大恩人と言っていい存在ですね。大平さんとは企画会議でたまたまお会いしたんですが、地元(滋賀県)がたまたま一緒で、元芸人。こんなこと言ったらおこがましいですが…同じようなルートを歩んでこられた方で、仕事以外のこともホントに色んなことを学ばせて頂いていますね。
深田 どんな作家さんですか?
澤井 僕が言うのもおこがましいですが、散らばったアイデアをまとめる(構成される)のが上手い。もやってした言葉や企画をしっかり納得する一行に変換してくださりますね。時代の流れにも敏感だし。テレビを本当に愛していて、めちゃくちゃ見てらっしゃいますね。
深田 では竹村さんについては?
澤井 長崎君がこのサイトのインタビューで話してたことはまさに同感ですし、企画の発想元が他の放送作家と違う感じがしますね。企画を出す時って「最近こういう番組を見て思ったんですけど…」みたいなプレゼンから入ること多いじゃないですか?その企画の種というか入口が竹村さんは他の人と違うところから引っ張ってきてる感じがするというか。たぶん、映画とか本が好きでめちゃくちゃ見られていると思うんですよ。
深田 確かに僕が竹村さんをテレビ局の食堂で見かける時、いつも本を読んでますね(笑)このホソカワ・ザ・ムービーは僕は知ってますけど、若手放送作家の細川拓郎さんですよね?
澤井 そうです。彼は年下の作家で、元芸人。コントをめちゃくちゃ書きたい人なんですけど、今コント番組がそんなに多いわけじゃないし、やりたいからといってコント番組に関われるわけじゃないじゃないですか?だから、自分でコントを書いて、自分で演じて、自分で編集してYouTubeにアップしてるんですよ。全部自分!最強ですよね。
深田 それ僕も最初聞いた時びっくりしました。そのバイタリティーとんでもないですよね。
澤井 ティックトックではけっこうバズってて、フォロワー2万人くらいいるんですよ。
深田 2万!?それは凄いですね!
澤井 誰もやっていないことをやっているという意味で、細川君は凄いと思うし、尊敬しますね。最近、まだ公開前ですが、ある芸能人YouTubeの作家をお手伝いさせて頂いているんですが、そこで初めてディレクターにも挑戦しました!最初はテンパりまくって何も出来なかったんですが、タイトル、サムネ、テロップ、色味まで全部アイデアを出す習慣が出来たので凄く新鮮でした。
深田 最近、僕はけっこう言ってるんですけど、今の20代の作家の方ってそういう自分のやりたいことを自分で生み出そうとしてますよね。知り合いの放送作家も言っていたんですけど「今の20代の子はテレビのレギュラー本数にそんなにこだわっていない感じがする」と。これは30代以上の人も年々そうなってきている気はしますけど。
澤井 僕みたいな20代後半だとまだテレビへの想いは強かったりしますけど、若くなればなるほどそうかもしれないですね。たくさんレギュラーをやっていることよりも作家として…【やりたいこことが出来てるか!】色とか個性があることの方を重視しているというか。だから細川君みたいな人を凄いなと思いますね。
深田 ではディレクターに話を移しまして…マイアミ啓太さんは作家仲間の長崎さんと同じく「アオハルTV」でお仕事されてましたよね?どんな印象ですか?
澤井 マイアミさんは、僕の中では…ついていきたい、キャプテンっていう感じですね。あんなに人が集まってくるタレントさんのようなディレクターはいないんじゃないかというか。本当にピュアな性格でキラキラしている方です。
深田 僕はお会いしたことないですけどマイアミさんの評判は本当にいいですよね。
澤井 若い人はみんなマイアミさんと仕事したいと思うはずですよ。若手のいいところをちゃんと見つけて、伸ばしてくれるんですよ。夢を一緒に追いたくなる人ですね。フジテレビを辞められてから、一緒に色々なお仕事ご一緒させて頂いていますがめちゃくちゃ努力しておられるのもカッコいいです!
深田 バクシーシさんはAV監督ですが、これはどういうことでしょう?
澤井 以前、テレビ大阪の「ノンフェイクション」という特番でドキュメンタリーのディレクターをやって頂きました。ドキュメンタリー監督が作り出すノンフィクション(本格ドキュメント)とフェイクション(架空のドキュメント)のVTRを見て誰が本当で誰が偽物かを見破る!という番組でした。驚いたのが密着した方との向き合いでしたね。出演して頂いた、熟女AV女優の方がおられました。オンエア終わった後もその密着した熟女AV女優の方のところに通っておられたんですね。本当に人が好きなんだろうなと思いました。マイアミさんもそうですけど、僕は“人好きな人”が好きなんですよ。
| 名前 | 澤井 直人 さわい なおと |
| 出身地 | 京都府出身 (地元:滋賀県) |
| 生年月日 | 1990年5月25日 |
| 主に担当番組 | – 世界の何だコレ!?ミステリー – どうぶつピース – シブザイル など |
Q:テレビ史上、最高の企画だと思うのは?
・山田孝之の北区赤羽(テレビ東京)
・ノンフェイクション(テレビ大阪)
いっぱいありますね…
M-1グランプリ
Q:今後、関わってみたい番組は?
昔のバカ殿様みたいな少年が目をキラキラ輝かせられた番組。
※深夜にこっそり親の目をしのんで見返す番組
Q:今後の放送作家としての展望や人生の目標は?
・滋賀県に日本一のサウナ施設を作る
・美術館を作りたい。
・まだ出会っていない魅力的な人とお話してみたい!
・人生は…小学校の頃の延長線上。
Q:まだ出来ていないけどいつか仕事をしてみたい芸能人は?
・宮川大輔さん
・笑福亭鶴瓶さん
Q:放送作家になってから1番嬉しかったことは?
・実家に帰って、自分が担当しているテレビを家族で一緒に見たこと。
・なかよしビクトリーズ(元オレンジサンセット)さんと、
一緒にテレビやれたこと。
深田 「美術館を作りたい」と書かれていますけど、これはどういうことですか?
澤井 父親が美術教師なんで、小さい頃からよく絵を描いていたんですよ。家の近くに芸術大学もあってそこに年に1回動物が来るんですよ!その動物の写生大会には毎回参加していました。絵やデザインを見たり、描いていると童心に帰れる感じがします。そんな色んな価値観に触れられる空間の美術館は大人になった今、魅力に感じます。
深田 絵が描けると色々な表現が出来そうでいいですね。この「アイデアサウナーズ」というのは?
澤井 鈴木遼君という仲のいい放送作家とやっているんですけど、僕らサウナがめちゃくちゃ好きなんですよ。ただサウナってなんだかんだで2000~3000円かかったりするんです。だから「サウナをおごってくれたらアイデア考えます」っていうのをやっているんです。テレビ局員から企画会議を頼まれたり、芸人さんからネタの相談をされたり、雑誌の編集者の方から記事のテーマを考えて欲しいって頼まれたり。けっこうオファー来ています。
深田 それも面白いことやってますね~。あとびっくりしたのは長崎さんとラジオもやってますもんね?
澤井 はい、「令和バブリー」というラジオをやっています。知り合いにラジオアプリのディレクターの方を紹介してもらって芸人さんのラジオをいくつかやらせてもらっていたんですけど、その方が放送作家にも興味を持ってくださって「番組やりましょう」と言っていただいて。若手放送作家が考えていることを発信できるいいチャンスだと思ってやらせて頂いています。
深田 これまた20代の放送作家の特徴な気がしますけど、表に出ることへの抵抗感があんまり無いですよね?(笑)
澤井 確かにそれは僕に限らず20代の作家はあんまり無いと思います。どっちかというと自分がやったことがバズるかどうかということの方が気になる若手が多い気がします。「やってみよ~!」って口に出すだけってつまらないのですぐにやりたいことは動くようにしています。
深田 なるほど。でも澤井さんは好きなこととかやりたいことがまだまだ色々ありそうですね。
澤井 そうですね。僕はやることもそうなんですが…根本は人間が好きなので、新しい人と会うのが好きなんですよね。上京したときは1日3人新しい人に出会うっていう自分ルールを作っていました。会った人には「また澤井とメシいきたいな」って思ってもらえるように。そうしたら、知り合った人にまた違う人をどんどん自然と紹介していってもらえるようになっていきました。
それで思い出したんですけど、先程お話した、なかよしビクトリーズさんとやっていた新宿のお笑いライブに出演してくださってた「門出ピーチクパーチク」さんって芸人さんが当時おられて、、そのツッコミのAKIさんから数年ぶりに連絡がきたんですよ!
今では、芸人は辞められたんですが、ANNで冠番組のパーソナリティで話されたり、YouTuberの古川優香さんとかを抱える事務所の社長さんになられてて!
一緒にお仕事しようと言ってくださって、凄く嬉しかったですね。
時間は空いたけど、お互い成長して
再びリンク(交わった)する感じが、最高に気持ちよかったです。
他にも、、作家をはじめて7年ですが…沢山の方に出会えました!
テレビの中にしかいないと思っていた芸能人、ずっとエンドロールで名前を見ていた凄いテレビマンの方々、切磋琢磨できる、優秀な若手の20代作家たち…
もうすでにありえないことが叶っていっているのですが、、、
もっと自分が成長して、魅力的な人と出会いたいですね。小学校の頃の延長線上の人生を構成していく為にも!
| 名前 | 澤井 直人 さわい なおと |
| 出身地 | 京都府出身 (地元:滋賀県) |
| 生年月日 | 1990年5月25日 |
| 主に担当番組 | – 世界の何だコレ!?ミステリー – どうぶつピース – シブザイル など |
【取材後記】
澤井さんのことはずっと不思議に思っていた。
「なんでそんなに頑張れるのか?」
インタビューにも出てきたが、
放送作家が企画書を年間に400本書くというのは驚異的な数字だ。
正気の沙汰ではないと言っても過言ではない。
仕事のスピードには個人差があるのでこれから書くことはあくまで僕の感覚ですが…
番組企画書を作る時には、まず打ち合わせをする。
その打ち合わせに1~2時間かかる。
そして、それを企画書にするのに3~5時間かかる。
(もっと言うと打ち合わせで提案するための企画を考えるのにも時間は要する)
そう、1本の企画書を作るのに少なく見積もっても5時間はかかってしまうのだ。
つまり、400本の企画書を作るにはおよそ2000時間の作業を要する。
(2000時間を日数にすると丸83日)
テレビ業界以外の方、驚くなかれ、企画書を作る作業というのは基本ノーギャラなのです。
年間400本企画書を書くということは、
年間2000時間を無給で働くということなのです。
※もちろん、企画書を頑張って書き続けていれば、企画が通れば番組に入れるし、通らなくてもテレビ局員や制作会社が何かの機会に仕事で呼んでくれるので見返りがないわけではない。ただ、やはり400本は凄いというお話。
澤井さんの人柄を見ていると、
「天下獲ってやる!」的な野望は感じられないし、
「俺をバカにした奴らを見返してやる!」的なコンプレックスも感じないし、
現時点では澤井さんには養わなければいけない家族もいない(失礼)
だから、澤井さんがここまで頑張れることが僕は不思議だった。
けど、今回の取材でちょっと分かった気がする。
「面白いことがやりたい」「人が好き」
澤井さんはこの2つの欲が突出しているんだと思う。
だからこそ、この人は怖い。
この2つの欲は枯れることが無さそうだから。
これは人からの受け売りだが、
コンプレックスで頑張っている人は
成功したらコンプレックスは無くなってしまうので
成功すればするほど頑張るエネルギーが減少していくらしい。
一方、澤井さんのエネルギーはきっと枯れない。
むしろ、成功すればするほど増しそうな予感すらする。
これはとんでもない才能だと思う。
今後、「キスお化け屋敷」を超えるヒット企画を生み出してくれる期待大ですね。
