アンケートへの回答をもとにインタビュー取材
Q: 放送作家になったきっかけは?
鮫肌文殊さんに憧れて
深田 この「(放送作家の)鮫肌さんに憧れて」っていうのは?
興津 順を追って説明しますと、小学校からの親友でサブカルとかテレビに造詣が深い友達がいまして、僕は彼からいろんな影響を受けていたんです。ある時、その友達から「放送作家という職業がある」と聞いて、番組のエンドロールを注目して見るようになって。その頃、「電波少年」が好きだったんですけど、あの番組の作家の方々って特徴のある名前が多かったんですよ。小山薫堂さん、そーたにさん、海老さん、都築さんって。
深田 あー、言われてみればそうですね。
興津 その中でもひと際目立っていたお名前が「鮫肌文殊」さん。で、さっき言った友達の影響で僕は洋楽も好きだったんですけど、当時、洋楽雑誌をいろいろ漁っている中、鮫肌さんが初期のエルビス・コステロについてのコラムを書いていた雑誌があって、それを読んで「放送作家ってテレビだけじゃなくて音楽について語る仕事もできるんだ!」って思って。さらに当時、電波少年が好だった流れから松村邦洋さんの「オールナイトニッポン」も聞いていたんですけど、松村さんの横で笑っていたのが、番組の構成で入られていた鮫肌さんだったんですよ。
深田 はい。
興津 そのラジオの中で、鮫肌さんのパンクバンド「捕虜収容所」の曲が流れたことがあって「放送作家はラジオで自分の曲まで流していいのか!?」と驚愕しまして。そんなこんなで、鮫肌さんをきっかけに「放送作家って面白そうだな」と、憧れを募らせていったんです。
深田 その後、興津さんは大学時代に放送作家セミナーに行かれてますよね?実は僕、そのセミナーの後輩なんですよ。
興津 えっ、そうなんですか!?
深田 日テレ学院ですよね?
興津 確か、僕が行ってた頃は「日本テレビエンタープライズ」っていう名前だったかと思います。
深田 あのセミナーって制作会社の「オフィスぼくら」が主催していて、興津さんの頃はオズマという放送作家事務所とオフィスぼくらが共同でやっていたんですよね?
興津 そうですそうです。だから僕は「流れで気づいたら放送作家になってた」っていう人と違って、放送作家になりたくて仕方がなかったタイプです。気づいたら作家になっていた町田さんにイジられるパターンのやつです(笑)
深田 セミナーをきっかけにオズマの方から声をかけられて、所属することになったんですか?
興津 はい、大学3年の時から放送作家見習いみたいなことを始めて、同期が自分でどんどん仕事を取ってくる中、僕は全然食えなかったので、3~4年ぐらいは事務所に寝泊まりしてましたね。
深田 たぶん、そのセミナーって1クラスに40~50人いましたよね?その中から何人がオズマに引っ張られたんですか?
興津 僕を含めて3人ですね。
深田 あ~、やっぱり凄いですね。その中から選ばれる才能があったってことですよね。
興津 いやぁ、自分で生活できるようになるまで、だいぶ時間がかかりましたよ。
深田 ちなみに僕は日テレ学院で「月曜から夜更かし」をやっている林田晋一とか、「めちゃイケ」とか「ENGEIグランドスラム」をやっている中藤洋っていう放送作家が同じクラスだったんですよ。
興津 えー、クイズ脳ベルSHOWでお馴染みの林田さんも!黄金世代じゃないですか!
深田 黄金世代って(笑)オズマといえば中野俊成さんがいらっしゃいましたよね?
興津 そうです。中野さんにはその頃からずっとお世話になってますね。今、考えれば、当時は中野さんも30歳くらいの若手なんですけど、貫禄も説得力もめちゃくちゃあったなぁ…。
深田 中野さんってどういう先輩でしたか?
興津 中野さんは本当にずっと優しいんですよね。あの穏やかな感じは当時からずっと変わってなくて。仕事もたくさん紹介してもらいましたけど、僕がいくらダメでも怒られた記憶はないですし、「俺の顔に泥を塗るな」みたいなことも絶対言わない人でしたね。ご飯にもよく連れて行ってもらいしましたし、こういうやり方は良くないとか、どういう作家が尊敬すべき人なのかとか、僕が思う放送作家の理想や在り方みたいなものは、中野さんの影響をかなり大きく受けていると思います。
深田 事務所に入って、最初は先輩の仕事のネタ出しをしていた感じですか?
興津 そうですね。「マジカル頭脳パワー」のクイズを考えたり、「ボキャブラ」のダジャレを考えたりしてました。でもそれは会議にも出ない大勢の若手たちが、紙だけでネタ出しをするレベルの仕事ですけどね。
深田 ちゃんと会議に出て、エンドロールにも名前が流れるという意味で、放送作家としての1本目の仕事は?
興津 深夜の「ココリコ黄金伝説」ですね。
深田 あー、黄金伝説なんですか!?立ち上げからですか?
興津 はい、当時はテレビ朝日の平城さんが演出で、台本とかナレーションで実働する若手作家を探していたみたいで、それこそ中野さん経由でオズマに声がかかって、僕が入れていただきました。
深田 いざ、番組に入ってみてどうでした?放送作家としてやっていけると思いました?
興津 いや~、全然思えなかったです。ネタは通らないし、会議ではしゃべれないし。「作家はしゃべらなきゃダメだよ」ってよく注意されましたね。正直、今でも会議でしゃべるのは苦手ですけど(笑)
深田 では、興津さんは放送作家の基礎は、「黄金伝説」で作られた感じですか?
興津 そうですね。高須さんと鈴木おさむさんという放送作家界のスーパースターが2人もいましたから。お2人の発想はとても勉強になりましたし、ディレクターさんには台本とかナレーションをよく振ってもらったので、基礎を身に着けることができたのは、あの番組のおかげです。
Q:人生で1番好きだったテレビ番組は?
電波少年
深田 僕だけじゃなく、色んな放送作家が、興津さんのことを“謎多き人”だと思ってるんですけど(笑)放送作家仲間と飲みに行くこともほとんどない方という印象ですし。
興津 そうですか!?確かに誰かと飲みにいくことはほとんどないですけど、全然、謎じゃないですよ(笑)
深田 いや、間違いなく謎なんですよ(笑)小さい頃はどんなキャラクターでした?例えばイケてるグループ、イケてないグループでいうと。
興津 自分で言うのもなんですけど、クラスの中心にいるタイプでしたね(笑)
深田 それ誰かのツイッターで見たことあるんですよね。ガキ大将みたいな感じだったって。
興津 あー、出た(笑)何年か前に、僕の小学生時代の友達が関わってたラジオ番組にTBSの藤井健太郎さんと一緒に呼んでもらったことがあるんですけど、その現場で友達が藤井さんに僕の幼少期のバリバリに肥満児でチョケてる写真を見せたんですよ。それを藤井さんが面白がってツイートしたんです(笑)
深田 どういうタイプの子供だったんですか?
興津 サッカー部だったってことと、中学がものすごいヤンキー学校だったんですけど、ヤンキーがみんな小学校の頃からの友達だったこともあって、なんとなく僕もクラスの中心にいるような感じでしたかね。僕はヤンキーというより、BOOWY、BUCK-TICKドハマリ中坊で、ジェルとダイエースプレーで髪を固めている系みたいな。男子は笑うけど、女子は1ミリも笑わないようなことを言ったりやったりするタイプでしたね(笑)あと、高校時代は僕、バンドやってました。
深田 え!?そうなんですか!?
興津 ヘビーメタルのバンドやってましたよ(笑)「メタリカ」と「パンテラ」っていうバンドのコピーバンドで、僕はベースをやってました。
深田 音楽好きっていうのは知ってましたけど、バンドやってたっていうのはかなり意外です。
興津 僕、オズマに入った頃はまだロン毛でしたからね。
深田 えー!(笑)
興津 今、考えると過去は総じて激イタですよ。そういう趣味も全部、放送作家を教えてくれた友達の影響なんですけど、その友達がいなかったら絶対にここにはいませんし、きっと放送作家にもなっていないです。一方、その友達は40も半ばに差し掛かった今もニートなんですけど。
深田 1人の友達によって人生が決まってるってすごいことですよね~。
Q:今まで自分が通した中でベストな企画は?
特にないですし、採用してもらって自分の手から離れた時点で
それはもう、演出やディレクターのものであるとも思います。
Q:ディレクターやプロデューサーにアピールしたいことは?
アピールというよりエピソードですけど、
マキシマム ザ ホルモンが好きだと言い続けていたら
シオプロの塩谷さんからマキシマム ザ ホルモンがらみの
お仕事に誘ってもらいました。
深田 僕ごときが失礼ですが、このアンケートの答えは「興津さんらしい」と思ってしまいました。もちろん、デリケートな質問なので答えにくいアンケートだというのも重々承知してますが。
興津 僕も若い頃は自分が発案した企画を「自分の手柄と思ってもらいたい」という気持ちは強かったですけど、今はあまりそういう気持ちもなくて。自分から言わずとも他の人が「あれは興津の企画らしいよ」って、言ってくれたなら嬉しいな、ぐらいで。
深田 放送作家としては、テレビ番組はディレクターのものという意識があるから「自分の作品と言えるものがない」というコンプレックスを持っている方も多いですけど、興津さんはそういうの無いですか?
興津 無いですね~。番組はディレクターのものだとは、まさにその通りだと思いますし、放送作家の役割っていうのはディレクターのやりたいことを具現化するためのサポートだと思っていますので。マジシャンにマジックのネタだけ提供してるマジック作家っているじゃないですか?放送作家ってあれでいいと思うんですよね。パフォーマンスを披露して喝采を浴びるのは、演出であり、ディレクターでいいんですよ。
深田 あー、なるほど。
興津 あと放送作家って、自分の企画案とかネタ案が通っていない時期もギャラ貰ってるじゃないですか?僕も「やばい…この番組で2か月くらい企画通ってないな」っていう時期もよくありますけど、その間もお金貰ってますからね。そこを忘れて、俺が俺がと主張してはいけないなと思います。
Q:仕事を始めてから1番衝撃を受けた放送作家は?
危機感を伴う衝撃として、北本かつらさん
深田 これは僕は前に興津さんから雑談で聞いたことありますね。
興津 かつらさんは僕の1個上なんですけど、もうね、若手時代にあんな人が同世代で同じ会議にいるの、たまったもんじゃなかったですよ(笑)
深田 僕からしたら10歳ぐらい先輩なんで、危機感みたいな感覚はないですけど、確かに同世代にかつらさんがいたら嫌ですね(笑)
興津 まさに僕が会議で全然しゃべれない事で悩んでいた時期に、初めて会議でご一緒したんですけど、たくさんの大人がいる会議で、20代前半なのに誰よりもしゃべるし、一番笑い獲ってましたからね。この人は緊張というネジがぶっ壊れてしまっているのかと…。
深田 えー、凄いですね!
興津 しかも、大人たちからのイジられの返しで盛り上げてるってだけじゃなくて、ちゃんとネタ案とか台本が面白いうえでのそれですからね。本当に衝撃というか…とんでもない危機感を覚えました。だからと言って、かつらさんのようなキャラになれるワケじゃないから、自分はしゃべれない分、振られた台本とかナレーションをしっかりやるしかない、最低限の仕事ができるようにならなきゃと。そういう意識は若手の頃にかつらさんを見てしまったから…っていう部分が強いかもしれないです。
深田 若手放送作家が会議でしゃべれなくて悩むのはあるあるですけど、興津さんが会議でしゃべれるようになるためにしたことってありますか?
興津 こればっかりは勇気の問題というか、努力で何とかなるものではないので、それこそ、しゃべれない分、台本とかナレーションを頑張ろうっていう感じでした。あと、若手作家でしゃべれなくて悩んでいる方がいるとしたら「年齢が上がってディレクターさんが同世代とか年下になってきたら、自然としゃべれるようになりますよ」って言ってあげたいです。そんなに心配しなくてもいいんじゃないかなと思います。もちろん、若手の頃でもしゃべった方がいいに決まってるんですけど。
深田 その言葉は励まされる人はいっぱいいると思いますね。他に同世代の放送作家で印象に残っている方っていますか?
興津 僕は「リンカーン」に途中から呼んでもらったんですけど、大井洋一さんにも衝撃を受けましたね。企画は面白いし、メンタルも強いし。大井さんは僕より年下なので、これまた強い危機感を覚えました。先輩ならまだ「まあキャリアがあるし…」みたいな自分の中での言い訳はできますけど、年下となるといよいよそうは言ってられないぞ、という(笑)
深田 そうですよね。興津さんが企画を考える時や会議で発言する時に、こだわっていることとかありますか?
興津 うーん、こだわりとかはそんなに無いですかね。やっぱり演出家に求められたことをやるのが放送作家だと思っていますし、「こういう番組は俺はやらない」みたいなのも無いですし。強いて言うなら、「こういうのをやったら数字が獲れる」みたいな傾向の分析だけで、番組作りをするのはちょっとなぁ…ぐらいですかね。
深田 これ、僕ずっと聞いてみたかったんですけど、興津さんって宿題でちょっと非現実的だなと思うような、失礼な言い方かもしれないですけど、くだらないネタ案をちょこちょこ紛らせている印象があるんですけど、あれは何か意図されてます?
興津 非現実的なのは良くない!しかも、それなりのキャリアなのに(笑)いや、でもそれは「ただただ他でやっていないことをやりたい」というだけですよ(笑)「どうだ尖ってるだろ?」とか「俺のセンスを見せつけてやるぜ!」みたいな気持ちではないです(笑)そこは、酒井健作さんの影響が強いかと思います。僕は健作さんから「トリビア」に呼んで頂いているんですが、健作さんは会議でよく「他でやってることやってもしょうがないじゃん」ってことをおっしゃってたんですよ。とにかく「トリビア」は他の番組でやってないことをやろう、
という意識が強いチームだったので、その影響で僕もそういう考えが強いのかもしれないです。
深田 すごくいい話ですね(笑)なんか変な質問してすみません(笑)
Q:自分がディレクターだったら放送作家は誰を呼ぶ?
そーたにさん
深田 そーたにさんは超有名放送作家ですけど、興津さんはどんな見方をされてますか?
興津 いや、もう神です神。放送作家のゴッドですよ。そーたにさんの全発言が金言だと思ってますから。ご一緒させて頂いている会議での全ての発言に今も毎回、シビれてますからね。
深田 すごい熱量ですね(笑)
興津 ネタもめちゃくちゃ面白いですし、雑談も面白いですし、そーたにさんの人柄もすごく好きです。
深田 初めてそーたにさんとお仕事された番組はロンハーですか?
興津 いえ。レギュラー番組で初めてご一緒させて頂いたのは、確か、「堂本剛の正直しんどい」だったと思います。あ、その前に「これが日本のベスト100」があったか…。
深田 そーたにさんを放送作家として凄いと思うところって他にあります?
興津 僕が知る限りでは、そーたにさんほど、担当番組とその出演者を愛する人はいないんじゃないかと。例えば、今、「関ジャム」でもご一緒させてもらっていますけど、そーたにさんは関ジャニの見え方を「そこまで考えるのか…」ってほど真剣に考えますし、番組で今後、特集するグループやジャンルの曲を聴き込んで会議に臨まれているんですよね。そういった姿勢は本当に見習うべきところだと思います。
深田 へぇ~、そうなんですね。
興津 あとはそーたにさんがご自身で意識的にやられているのか分からないんですけど、チーフ作家としての隙を作るのが上手いなと思いますね。僕が「上手い」なんて言うのもおこがましいですけど、脱力する程くだらないことをおっしゃったり、たまに天然っぽい勘違い発言をされたりもするんですけど、あれは、会議の空気を適度に緩めるために意図してやっていらっしゃるのか…そーたにさんの事ですから、すべてが計算の元だと僕は睨んでいるんですが…矢野さんがこのサイトのインタビューで話されてた伊藤正宏さんもそうですけど、1人のチーフ作家の存在で、全員が委縮してしまうような会議もある中、そーたにさんや伊藤さんがチーフの会議はそうならないんですよね。僕がチーフ作家でやらせてもらう場合もそういう雰囲気作りをしたいなと思いますね。
深田 あ~、なるほど。僕が言うのもなんですけど、興津さんは完全に後輩がしゃべりやすい作家だと思いますけどね。
興津 ありがとうございます。でも本当にそーたにさんがいらっしゃる会議は楽しいですよね。やっている番組全部面白いし、番組への愛もすごいし、会議の空気も良くして、人柄もいいって。僕、そーたにさんになりたいですもん(笑)
深田 (笑)
興津 深田さんの師匠である高須さんは放送作家界で日本一、華のある大スターで、僕なんか未だに高須さんを見ると、「うわ、高須さんだ!」と興奮しますけど、存在が別格というか目指しようがない。何もないゼロから放送作家になった人間が目指すべき最高峰がそーたにさんだと思います。
深田 これが「絶賛」っていうやつですね(笑)
興津 ただ、たまにそんなフランクなそーたにさんに対して、ライトに接してもOKな人だと勘違いするスタッフがいたりして「おいおい、その方はそんな軽くイジっていい人じゃねーぞ」って、憤りを感じる時があるんですよね。「この人が今やってる全番組のラインナップ、把握してないのか!」「この人が残してきた功績、分かってるのか!?」と。
深田 あー。それって案外、本人より後輩が怒っちゃってるパターンも多いですよね。「あいつ許せないですね」って本人に言ったら「え?何のこと?」って言うやつ(笑)
興津 そうかもしれないですね(笑)ご本人は「全然それでいいよ」と思ってくださっている可能性もありますからね。
Q:仕事を始めてから1番衝撃を受けたディレクターは?
TBS 江藤俊久さん
深田 江藤さんは僕はお仕事させてもらったことがないんですけど、どういう方ですか?
興津 僕はテレビマンの中でおしゃべりが一番面白いのが、江藤さんだと思っているんですよ。
深田 へぇ~。
興津 「学校へ行こう」とか「感謝祭」の演出をやられていた方なんですけど、常に、隙あらば面白いことを言おうとしているような方で。TBSの局員さんから「江藤さんがこういう場面でこんな面白いことを言った」という伝説をよく聞くんですけど、そういうエピソードがめちゃくちゃ面白いんですよね。TBSは人柄が良くて楽しい人が多い印象がありますが、そのイズムは江藤さんだったり、その上司にあたる合田さんのカラーなのかなとも思います。
深田 本人のいないところでそういうエピソードが出回る方っていますよね(笑)あと興津さんといえば、TBSの藤井健太郎さんとよくお仕事されている印象があるので、藤井さんの話はテレビマンも一般の方も聞きたいところだと思うので、お聞きしていいですか?
興津 はい。ただ個人的な付き合いと言えば、ドラクエ10のオンラインのフレンドだったってぐらいで、演出術みたいなのは藤井さんもよくメディアでインタビューを受けられていますので、僕が話せることがどれくらいあるか自信は無いですけど。
深田 藤井さんとの出会いは「リンカーン」ですか?
興津 そうです。僕は番組の立ち上げメンバーではなくて、途中から「リンカーン」に入れていただいたんですけど、当時、藤井さんはディレクターになる直前の時期で、チーフADだったんですよ。だから「リンカーン」で初めて参加する会議の場所や時間の連絡をくれたのが藤井さんだったんです。
深田 僕は藤井さんにはお会いしたことも無いんですけど、誰に聞いても「常識人」って言うんですよね。まあ、僕の聞き方も「変な人なんですか?」って聞くからなんですけど(笑)
興津 そうですね、ちゃんとした方だと思いますよ。これ「常識人」を表す上で、いいエピソードか分からないですけど…特番やってギャラの連絡をしてくるのがオンエアから2か月後とか、なんなら忘れていてこっちが聞かなくちゃいけないのか…みたいな人っていたりするじゃないですか?藤井さんはオンエア後、1週間か2週間以内に必ずギャラの連絡をしてくれます(笑)
深田 常識人ですね(笑)あと、何か覚えている藤井さんのエピソードってあります?
興津 うーん、プライベートで食事したりとかもほとんど無いですからね。普段、怒ったり、不機嫌だったりということが皆無に等しい人ですが、「聖闘士星矢」を漢字で板書できなかったADの不勉強さを嘆いたことがあったり、アントニオ猪木のモノマネでお馴染みだった春一番さんのプロフィールを調べようとしているのに風の方の「春一番」の資料を持ってきたADに苦言を呈していたことがありましたけど、何かあったかなぁ…。…あ、好きな食べ物ランキング1位がとんかつですね(笑)若い頃、毎週2人で企画会議をしていた時、好きな食べ物の話になって、その時にそう言ってました(笑)
深田 それは初出しの情報かもしれないですね(笑)これきっかけでウィキペディアに載るかもしれない(笑)ディレクターとしての印象というか、他のディレクターと違うと思うところってあります?
興津 やっぱり企画力がすごい。もはやディレクターに求められる範疇からは大きく逸脱するほど。「何か新しい特番の企画ありますかね…」ってこっちが相談されているのに、藤井さんから「有吉弘行のドッ喜利王」の企画をパッと言われた時は「ディレクターにそんな発想されたら作家の立場無いよ…」って思いましたもん。
深田 あ~、そうですよね。
興津 千原ジュニアさんの「6人のテレビ局員と1人の千原ジュニア」の藤井さんの作品もすごい企画だし、あれをノーミスでやり切るメンタルの強さも尋常じゃない。あとは番組を見ていても伝わっているかと思いますが、やっぱり普通のことをやりたくない人ですよね。ご本人もインタビューでおっしゃっていると思いますけど、別に尖ったことをやってやろうという気があるワケではないんですよね。あとは「視聴率が獲れそうなことをやる」っていう発想は一切ない人で
すね。
深田 やっぱりそうなんですね。
興津 頭がいい人だとは思いますけど、変な人だとは全然思わないですね。むしろ、変ってことで言うなら深田さんと一緒にやってる「激レアさん」の演出の舟橋さんの方がよっぽど変な人だと思いますけどね(笑)
深田 まあ舟橋さんは変ですね(笑)僕もそんなに仲がいいわけではないですけど、見てる限りではとにかく鬱屈が凄いんですよね。たぶん、視聴率20%獲っても鬱屈してられる人間だと思いますよ(笑)「どうせ僕なんて…」って。ADとしてめちゃくちゃダメだったっていうバックボーンがあるみたいなことは聞きましたけど。
興津 へぇ、そうなんですか!
深田 このサイト、今後はディレクターさんにも取材したいので、テレビ局に入るまでに舟橋さんの人生に何があったのか聞いてみたいんですよ。いい大学行って、テレビ朝日入って、演出の番組を持って、なんでそんな感じでいられるんですか?って(笑)
興津 ディレクターさん達の話も是非読んでみたいですね。
Q:テレビ史上、最高の企画だと思うのは?
お笑いウルトラクイズ
Q:今後、関わってみたい番組は?
めちゃくちゃ下ネタの番組
Q:今後の放送作家としての展望や人生の目標は?
ポツンと一軒家の中野さんのような
20%超えの番組のチーフ作家とは
どんな景色が見えているのか知りたい。
Q:まだ出来ていないけどいつか仕事をしてみたい芸能人は?
加山雄三のような面白いエピソードがあるけど…
あるいは、Mr.Childrenのベースの方のような
聞いてみたいことがいっぱいあるけど…
なかなかバラエティに出演されない方。
Q:放送作家になってから1番嬉しかったことは?
「クイズ☆タレント名鑑」が
ゴールデンのレギュラーになると連絡を受けた時
深田 この下ネタの番組がやりたいっていうのは?
興津 テレビマンって「下ネタを言うテレビマン」と「下ネタを言わないテレビマン」に分けられるじゃないですか?
深田 そんな分け方、初めて聞きましたけど(笑)
興津 僕はすげぇバカっぽいですけど、下ネタが大好きなんですよね。敢えて名前は伏せますけど、テレビマンならずともそのお名前を知っているあの有名な演出家の方も下ネタがめちゃくちゃ面白いんですよ。もちろん、下ネタとはいえ、そこに品やインテリジェンスが無いとダメだとは思いますけど。
深田 僕は下ネタ好き側の人間ですけど、興津さんに下ネタの印象は無いんですけどね。
興津 僕はたぶん、番組によって見せる顔が微妙に違うんですけど、例えば「水曜日ダウンタウン」の会議ではガンガン下ネタ言いますよ(笑)あの番組の会議はたまに下ネタの説が挙がって、会議上ひと盛り上がりした後「まぁ、できないですけどね」と流されていくノリがあるんですけど「下ネタの説SP」みたいな回をやったら、めちゃくちゃ面白いはずなんですよ。BPOとかスポンサーが1日だけ下ネタに目をつむる日っていうのがあればいいのにな~って思います。つむるワケないんですけど(笑)
深田 それは見たいですね(笑)あと、最後に「人生の展望」みたいなことをお聞きしたいんですけど、将来、放送作家以外でやりたいことってないんですか?
興津 無いですね~。僕は長渕風に言うなら、死にたいぐらいに憧れて放送作家になりましたし、今でも放送作家の仕事が最高に楽しいと思えてますからね。誰にも呼んでもらえなくなるまではずっと放送作家をやっていたいです。それがテレビという媒体じゃなかったとしても、テレビに準ずるもの、というか、映像で面白いことを発信する仕事をやっていきたいですね。
深田 ドラマの脚本とか、小説とか、映画監督みたいな発想は全くないんですね?
興津 ないですないです!さっき「数字が獲れるから」みたいな発想で番組作りをしたくないと言っておきながら、矛盾したこと言いますけど、自分がチーフ作家で、しかも自分が発案した企画で、20%を獲るという経験はしてみたいですね。まさに「ポツンと一軒家」の中野さんがそうですし、あの番組は数字を獲ることを第一義としているとは思えない大胆な企画なのに、数字を獲っているのがカッコいいですよね。そういう企画が生み出せれば、今よりもっとテレビマンの方々から、信頼していただけるのかなと。僕は「世間に名を轟かせたい」みたいな名声欲はありませんけど、テレビマンからちゃんと信頼してもらえる放送作家でありたいという気持ちは強くあるので。
【取材後記】
僕は、興津さんみたいな放送作家になりたかった…
過去形になっているのはもちろん僕の問題。
どこかのタイミングで「興津さんみたいにはなれない」と早々に悟ったのだ。
僕が放送作家を始めて1~4年目ぐらい、
会議でほとんど発言できずに悩んでいた頃の僕には、
「シルシルミシル」の会議で見る興津さんは輝いて見えた。
ご本人が言うように興津さんは会議で言葉を多く発する人ではなかった。
しかし、たまに発言した時のアイデアは毎度面白く、宿題のネタ案も毎度面白い。
発言の回数は少なくとも、
放送作家としての圧倒的な存在感を興津さんは放っていた。
相手がどんな若手であっても他人のアイデアを傷つけず、
まるで合気道の達人のようにそのアイデアをさらに面白くして返す興津さん。
1年目のADにすら敬語で話す興津さん。
いつも針の穴を通すかのように丁寧な言葉をつむぎだす興津さん。
そう、何十年かかったって僕がこんな風になれるわけがないのだ。
今では「興津さんみたいになりたい」と思っていた過去の自分を強く恥じている。
想像通りと言えば想像通りだったのだが、
取材の後半、興津さんがポロリとこんなことを言った。
「けっこう人に気を遣ってしまうタイプなので
それで疲れちゃうことがあるんですよね…」
この人の圧倒的な才能や人柄は、この“気遣い”が根幹なのだと思う。
僕ごときがこんなことを言うのはおこがましいのだが、
興津さんの放送作家人生は、
最高に楽しかったと同時に、気苦労の絶えない時間だったのではないかと思う。
本当に、心底尊敬する。
仕事仲間とあまり飲みに行かないのも、
「議論するという目的がある会議ならまだ大丈夫なんですが、
フリーで話す飲みの場では、
自分のダメな部分が露呈してしまうのが怖いんですよ」
だそうだ。
“気遣い”もここまで来ると怖い。
やっぱり僕がこんな人になれるわけがない。
ただ、この取材をきっかけに僕は1つの“権利”を得た。
「1回でいいので放送作家で集まる飲み会に参加してください」
という約束を半ば強引に取り付けさせてもらったのだ。
この飲み会は、きっと僕にとって特別な夜になるはずだ。
そしてその夜、酔ってしまった僕は不覚にもまた夢を見てしまいそうだ。
「やっぱり、興津さんみたいになりたい…」と。

