名前町田 裕章
まちだ ひろあき
出身地埼玉県
生年月日 1974年7月25日
主な担当番組 – ロンドンハーツ 
– アメトーーク 
– VS嵐
など

【取材後記】

「町田さんはこの番組の良心ですからね」

「シルシルミシル」の会議で印象に残っている、
時のゼネラルプロデューサー・藤井智久さんの言葉。

番組の構成には、
渡辺真也、北本かつら、興津豪乃、樅野太紀、矢野了平といった、
当時からバラエティの最前線で活躍する放送作家が顔を揃えていた会議。

そこでは時として、情報バラエティとしてはやや行き過ぎと思われる、
コアな笑いのアイデアのかぶせ合いで盛り上がることがしばしばあった。
(それはそれはとても楽しい時間だった)

そんな時に「おれらが行き過ぎたら町田が冷静に止めてね」と、
藤井さんは“番組の物差し”としての信頼を町田さんに置いているようだった。

確かに、町田さんはいつでも会議を一歩後ろから俯瞰で見ている感じがあった。

放送作家として1~2年目の頃のぼくは、
紙で提出する宿題にしろ、発言にしろ、
「会議とは自分の面白さをアピールする場所」だと思っていた。

だから会議での町田さんの立ち振る舞いを見て
「この人は、自分が面白いってみんなに思わせたくないのかな?」
とすら思っていた。

その思いが浅はかだったことは、数年の時を経て分かった(遅い?)

たぶんだけど、“番組が長く続くため”に繋がらないならば
「自分が面白いと思われること」も「自分が企画を通して手柄をあげること」も、
町田さんにとってはさほど意味をなさないのだろう。

「過去に自分が通した企画をあまり記憶していない」と言っていて驚いたのだが、
それもそういうことなんだと思う。

常にその場の状況を冷静に分析し、最善の打ち手を考える。

その“分析癖”や“思考癖”はこの取材でも出ていた。

このサイトで取材させてもらった多くの人が、
質問項目によって、答える時の“熱量”と“話の分量”には大きな差が出ていた。

しかし、町田さんはどんな質問に対しても熱量が高く、話の分量が多かった。

そのため、編集された記事では分からないのだが、
取材中のぼくの質問の数は、他の人へのそれと比べると圧倒的に少なかった。

失礼な言い方になるが、町田さんは1つ質問を投げておけば、
その後は細かく掘り下げなくてもどんどん自分の考えを出してくるのだ。

それはたぶん、
町田さんがどんな物事も細かく分析する眼を持っているからだと、
ぼくは分析する。

そしてこの取材の最後も、そんな町田さんらしい言葉で締めくくった。

「記事の最後に『取材後記』を書いてるでしょ?
 あれでどんなことを書いてくれるのか楽しみなんだよね~。
 自分が他人からどう見られているのかってすごい興味あるからさ~」

らしいわ~。
すごく町田さんらしい言葉だなって思います。

…町田さん、取材後記はこんな感じですけど、どうでしょう??

深田憲作