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町田 裕章 独占インタビュー

名前町田 裕章
まちだ ひろあき
出身地埼玉県
生年月日 1974年7月25日
主な担当番組 – ロンドンハーツ 
– アメトーーク 
– VS嵐
など

アンケートへの回答をもとにインタビュー取材

Q:放送作家になったきっかけは?

テレビ朝日でバイトしていて、なんとなく。


 テレビ朝日でバイトをしていたのは、大学生の時ですか?

 もう(大学は)辞めてたのかな、ちょっと忘れちゃった。当時、バイトいろいろしてて、知り合いだった業界の方から、テレビ番組のリサーチのバイトがあるからやってみない?と言われて。

 それはなんていう番組ですか?

 ナインティナインさんの「Q99」っていう番組。

 リサーチのバイトから、どうやって放送作家の仕事をするようになったんですか?

 そのリサーチャーの仕事というのが、テレ朝の制作デスクに、週3ぐらい通ってやるみたいな感じだったんだけど、当然、その番組のスタッフの人たちと仲良くなるじゃない?で、仕事はもちろん、仕事終わりで遊び行ったりするようになって、普通に大学の友達とかといるよりも楽しいなって思ってきて。その時のスタッフさんの中に、今でも仕事してるロンハーの加地さんとか朝倉さんとかがいて。最初出会った時はお2人ともADだったかと思います。

 あ~、そこでその人たちと出会ってるんですね。

 で、この辺は曖昧なんだけど、たしか番組が終わることになって、同じスタッフで新しい番組をやるって流れだったと思うんだけど、リサーチャーが必要ない番組内容だったの。それで「じゃあ、作家でもやる?」ってことになって、僕としては「この人たちと居た方が楽しいな」と思ってたから、是非やらせて下さいみたいな感じだったかな、たしか。曖昧ですが。

 それはなんていう番組ですか?

 「ナイナイナ」っていう番組。初めてエンドロールが流れたのがこの番組だと思います。

 あ~、ナイナイナ!町田さんといえばロンハー育ちっていうイメージがあるんですけど、ロンハーが始まったのは作家何年目の時ですか?

 確か2年目ぐらいだったと思う。

 放送作家としてはいつから食えるようになりました?

 それが、そういう流れで今までずっと来てるから、いつから食えるようになったとか考えたことなくって。なんなら今でもプロの作家という意識もあんまりないし(笑)。元々、どうしても作家になりたかったわけじゃなくて、「この人たちといると楽しいな」と思ってやってきただけだから。極端な話、加地さんや朝倉さんが別の仕事、飲食店でもやるってなったら、普通に手伝うと思うし(笑)。この仕事がやりたいというよりも、この人と仕事をしたいっていう気持ちの方が大事ですね今も。