
| 名前 | 藤原 ちぼり ふじわら ちぼり |
| 出身地 | 岡山県岡山市 |
| 生年月日 | 1979年6月17日 |
| 主な担当番組 | – サラリーマンNEO – となりのシムラ – 笑アニさまがやってくる など |
アンケートへの回答をもとにインタビュー取材
Q:放送作家になったきっかけは?
・2007年のM-1グランプリ。サンドウィッチマンさんの優勝を見て上京
・内村宏幸さんのコント講座
深田 藤原さんは大学を卒業してから何年かは、地元の岡山で就職して働いていたんですよね?
藤原 そうです。ホームページを制作する会社に勤めていたんですけど、28歳の時に会社が倒産することになってしまって…サイトの企画をする仕事だったので「何かを企画する仕事が出来ないかな…」と考える中で、放送作家という仕事が選択肢の1つに浮かんだんです。ただ、「この年齢からじゃ遅いよな」とも思って、すぐに放送作家を目指そうとはならなかったんですけど。
深田 そんな時にM-1のサンドウィッチマンさんの優勝を見たんですね?
藤原 はい、サンドウィッチマンさんの優勝を見て感動して「自分も今からでもやれるんじゃないか?」って勇気を貰って、思い切って放送作家を目指すことにしたんです。
深田 それで上京したんですか?
藤原 そうですね。
深田 東京に来てからはまず何をしたんですか?
藤原 ネットで放送作家スクールを探しました。調べたらマセキ芸能社がスクールをやっていたので、電話してみたんです。そしたら、「(作家コースは)今期はやってないです」と言われて。それで他のスクールを探したら、放送作家の内村宏幸さんが、通信で「コント講座」を始めるっていうのが出てて、それでその講座を受けたんです。
深田 内村宏幸さんっていうのは、コント界の大御所放送作家ですけど、ウッチャンナンチャンの内村光良さんの従兄弟の方ですね。「夢で逢えたら」「ごっつええ感じ」「やるならやらねば」「気分は上々」「内村プロデュース」「笑う犬」「LIFE」「サラリーマンNEO」と、挙げればキリがないほど、数々の人気番組をやられてきた方です。それで内村さんに弟子にとってもらったんですか?
藤原 いえ、その通信講座では特に何もなかったんですけど、講座のおかげでコントの書き方は分かったので、自分でコントを書いて、当時放送していて好きだった「サラリーマンNEO」宛に送ってたんです。そしたら、しばらくして演出の吉田照幸さんから連絡が来たんです。「(コント作家としての)可能性あると思うから一度会ってみますか?」と。
深田 おぉ~、凄いですね。吉田照幸さんって朝ドラの「あまちゃん」の演出をされてた方ですよね。
藤原 そうです。それでNHKでお会いして、「サラリーマンNEO」に入れていただいたんです。会議は参加せずにコント案だけ出すスタイルでしたけど。
深田 「サラリーマンNEO」で内村さんにも直接会えたわけですよね?
藤原 はい、コントの収録には行かせてもらっていたので、そこで通信講座を受けていたことをお話させていただきました。その後、内村さんには2010年にあった、「笑う犬」の復活特番に呼んでいただいたり、仕事で色々とお世話になっていますね。
深田 ちなみに上京する時、すでに今の奥さんと付き合っていたんですよね?「放送作家になりたいから上京する!」って、どんなリアクションでした?
藤原 そりゃあ、ビックリしてましたね。もう29歳になる時でしたから。まず僕が先に上京して、その半年後くらいに奥さんも上京してきました。看護師なんで、東京に来ても仕事はあるだろうと。
深田 ただただぼくの興味で聞きたいんですけど、どうやって知り合ったんですか?(笑)
藤原 奥さんは同い年なんですけど、お互い25歳の時に、友人の結婚式の2次会で知り合いました。
深田 で、結婚はいつしたんですか?
藤原 30歳の時です。
深田 藤原さんからプロポーズしたんですか?
藤原 そういうとこまで聞きます(笑)箱根旅行に行った時にしたんですけど…その時は「考えさせて」って断られたんですよ(笑)
深田 その後の旅行、めちゃくちゃ気まずいっすね(笑)
藤原 そう、箱根からの帰りは気まずかったですよ(笑)まあ、その時は放送作家として食えるか食えないかぐらいの微妙なラインだったんで、迷うのも無理はないんですけど。で、3日後ぐらいに、「OKです」って言ってもらって、結婚することになりました。
深田 よかったよかった。
| 名前 | 藤原 ちぼり ふじわら ちぼり |
| 出身地 | 岡山県岡山市 |
| 生年月日 | 1979年6月17日 |
| 主な担当番組 | – サラリーマンNEO – となりのシムラ – 笑アニさまがやってくる など |
Q:人生で1番好きだったテレビ番組は?
「進め!電波少年」
ヒッチハイクに憧れました。
深田 元々、テレビ好きですか?
藤原 そうですね。
深田 コント番組をよくやられてますけど、芸人とかネタも学生時代から好きだったんですか?
藤原 学校でやる劇の台本とかは書いたりしてましたけど、芸人さんやネタについて、そこまで詳しい感じではなかったですね。
深田 クラスではどんな存在ですか?「イケてるグループ」「イケてないグループ」みたいなことで言うと。
藤原 どうですかね~。ちょうど中間ぐらいなのかな?ややイケてないグループ寄りの(笑)
深田 話聞いてる分にはそこまでお笑いへの熱は、学生時代からあった感じではないですよね?
藤原 薄っすらと憧れはあったりしたんですけど、仕事にしようなんて考えたこともなかったですね。あ!1つきっかけはあったんですよ。仲の良かった同級生が高校を卒業してよしもとに入ったんです。凄く頭がよくて、めちゃくちゃ賢い進学校に通ってた奴なんですけど、ぼくは大反対したんです。「絶対無理だ」って。で、その時に「あれ?心のどこかで嫉妬してるのかな」って感覚はあったんですよ。お笑いに挑戦する友達に対して。たぶん、その思いがずっと引っかかっていて、28歳で会社が倒産するかもって時に、サンドウィッチマンさんのM-1優勝を見て、一気に思いが溢れだしたのかもしれないです。
深田 ちなみに、その友達はなんて人ですか?
藤原 江西あきよしっていう芸人です。東京で「右側左側」ってコンビでやってたんですけど解散して、今は「住みます芸人」として岡山に戻って、「江西あきよし」として、今はちゃんと成功してるんですよ。
深田 じゃあ、藤原さんが放送作家としてやってるのは、ある意味、その人のおかげってこともありますよね?
藤原 そうですね。本人には一切そんなこと言ってないですけど。
深田 仕事はしたことないんですか?
藤原 ないですね。だから、いつかしてみたいです。
| 名前 | 藤原 ちぼり ふじわら ちぼり |
| 出身地 | 岡山県岡山市 |
| 生年月日 | 1979年6月17日 |
| 主な担当番組 | – サラリーマンNEO – となりのシムラ – 笑アニさまがやってくる など |
Q:ディレクターやプロデューサーにアピールしたいことは?
・コントや物語を書くのが得意です。
・漫画が大好きで特にジャンプ系は結構詳しい方だと思います。
Q:今まで自分が通した中でベストな企画は?
コントですが「となりのシムラ」の「夢への一歩」
深田 ぼくは、藤原さんはコント作家という認識ですけど、どんなコントが得意とかあるんですか?
藤原 日常的なシチュエーションを描くコントが好きかもしれないです。だから「サラリーマンNEO」は好きでしたね。アンケートに書いた「となりのシムラ」のコントも、感情に訴えかけるようなコントでした。これは番組の最後のコントで放送してもらったので、自分としてはかなり嬉しかったですね。
深田 あとは、漫画とかジャンプの仕事してるイメージありますけど、好きな漫画聞いてもいいですか?
藤原 好きな漫画か~。それ難しいんですよね。超ベタですけど「ジョジョ」はめちゃくちゃ好きです。
深田 ジョジョ展とかたまにやってますよね?ああいうのは行くんですか?
藤原 そうですね。仙台も行きましたよ。グッズたくさん買って帰りすぎて、嫁に見つからないように部屋に隠すっていう。
深田 子どもみたいですね(笑)
藤原 3部からジャンプで読み始めたんですけど、スタンドバトル見て驚愕しました。「こんなの初めて見た!おもしれ~!」って。それからずっとファンですね。「週刊ラジオジャンプ」っていう、ジャンプ作家の先生たちをゲストに招くラジオ番組があったんですが、ひょっとしたら荒木先生が来るかもって勝手に期待してたんですが、結局会えなかったですね…。今思うと来たら来たで緊張して仕事にならなかったかもしれませんね。
深田 では、他の漫画だと?
藤原 これも超ベタですけど「キングダム」です(笑)
深田 ベタだな~(笑)ぼく「キングダム」は読んでないんですよ。「人生に絶望するときが来ても俺にはキングダムが残ってる」って思いながら生きていこうと思ってるんで(笑)どんなに絶望しても面白いことが1個残ってるっていう、
最終兵器ですね。それくらい面白いらしいじゃないですか。
藤原 「キングダム」を読まずに取ってあるのはいいかもしれないですね(笑)読んでない自分にもう一回戻れるなら、本気で戻りたいです。16巻とか真っ白の状態で読み直したい。
深田 他で、知る人ぞ知る的な漫画だと何かあります?
藤原 そうですね…最近だと「ここは今から倫理です。」っていう漫画ですかね。学校の先生が、いわゆるヤリマンの女子生徒とかに倫理を説いたりする漫画なんですけど。
深田 あ!なんか面白そう!
藤原 まだコミックで3巻しか出てないんですけどね。面白いですよ。
深田 他、なんかあります?
藤原 あと「不滅のあなたへ」とかはめちゃくちゃ好きな世界感ですね。以前、話題になった藤本タツキ先生の「ファイアパンチ」の第1話もすごかったですけど、「不滅のあなたへ」の第1話も個人的には鳥肌止まりませんでした。
| 名前 | 藤原 ちぼり ふじわら ちぼり |
| 出身地 | 岡山県岡山市 |
| 生年月日 | 1979年6月17日 |
| 主な担当番組 | – サラリーマンNEO – となりのシムラ – 笑アニさまがやってくる など |
Q:仕事を始めてから1番衝撃を受けた放送作家は?
「内村宏幸さん」
ずっと最前線でコントの台本を書き続けていられるのは
本当にすごいことだと思います。
Q:自分がディレクターだったら放送作家は誰を呼ぶ?
「デーブ八坂さん」
とにかく全力で付き合ってくれる。
深田 藤原さんの師匠的な存在でもある内村さんについて聞きたいんですけど。ぼくはお仕事したことないんですけど、どんな方ですか?
藤原 どんな人かというと、とにかく「優しい人」ですね。ぼくは怒られた記憶が1回もないですし。
深田 あ~、やっぱり。内村光良さんも相当優しい方と聞きますけど、血筋なんですかね。噂に聞きますけど、今でもコント案の宿題出されてるんでしょ?
藤原 そうですね。僕が一緒の番組をやらせてもらってた時は宿題も出しますし、ガンガンコント台本も書かれてました。おそらくそれは変わってないと思います。
深田 すごいな~。あれだけ実績があって、今57歳ですよね。なかなか出来ないことですよね。内村さんが考えるコントの特徴とかあります?
藤原 特徴か~。ぼくが言うのも恐縮ですけど、内村さんの考えるコントはキャラクターが立っているなと思いますね。それでいて、なんでもない日常の一部を切り取って笑いにすることにも長けてらっしゃるし。
深田 常に「これコントに出来ないかな?」って考えてるんでしょうね。
藤原 そうだと思いますよ。カフェとかファミレスで隣の人の会話聞いて、「これコントに出来るな」とか考えてると思いますよ。1人で1日中カフェに居られるタイプの方だと思います。いや、ほんとのところは知らないですけど(笑)
深田 教わったことはたくさんあると思いますけど、印象に残ってることとかあります?
藤原 「日常であった嫌なことをコントだと思うようにする」とおっしゃっていたのは印象に残ってます。「嫌なことをネタに出来て、憂さ晴らしできるのはコント作家の特権だ」って。
深田 放送作家全般が割とそういう意識はあるかと思いますけど、特にコント作家の方はその意識が強いのかもしれないですね。嫌なこともプラスに転換できるってのはこの仕事のいいとこですよね。
藤原 内村さんは本当にコントがお好きなんだなって思いますね。本当に尊敬できる方です。
深田 いい話だ(笑)あとはデーブ八坂さんとはどこで仕事されたんですか?
藤原 テレ東で「ハレバレとんねるず」っていう、とんねるずさんの特番があったんですけど、そこでご一緒しました。
深田 伊藤Pがやられてたやつですよね?
藤原 そうですね。素人の方がミニゲームに挑戦する番組だったんですけど、若手作家の僕らは、ゲーム案出して、シミュレーションして、の繰り返しだったんです。ゲーム案のアイデアもですけど、そのシミュレーションでの八坂さんの姿勢に感動しちゃって。
深田 ほぉ。
藤原 自分がゲームをやる時はもちろん頑張るし、他の人がやる時も、とにかく誰よりも声出して盛り上げるんですよ。僕がやる時も、その声にどれだけ救われたことか。やっぱりシミュレーションの雰囲気も良くなるんですよね。それで「もっとこうしたら?」とか色々言い易い空気も出来るし。あれはほんと勉強になりました。
深田 年齢は藤原さんの方が上ですよね?
藤原 そうですね。年齢はぼくの方が上ですけど、放送作家としては八坂さんの方がかなり先輩なんですよ。でも、後輩に偉そうにするところが全くない人ですよね。ハレバレとんねるずで収録現場に行った時も、コンビニ行ったついでにぼくら後輩の分も飲み物買ってきてくれたりしたんですよ。そういうところも感動しちゃいました(笑)ああいう姿勢は見習わないとなって思いましたね。
深田 八坂さんっぽいエピソードですね(笑)
藤原 元々、八坂さんが書かれていたブログを見ていて、「こんなに努力する人がいるんだ~」って思ってたんですけど、実際にお会いして納得しました。
深田 さすが八坂さんは放送作家名鑑の登場率が高いな~(笑)あと、他に話しておきたい方とかいないですか?こういう機会にしか感謝の表現できなかったりするじゃないですか?ぼくが言うのもなんですけど(笑)
藤原 それで言うと、ぼくを放送作家にしてくれたのは「サラリーマンNEO」の吉田照幸さんですから、吉田さんへの感謝の思いはかなりありますよね。だって普通、テレビ局に送られてきた素人のコント台本とか、見ないと思うんですよ。
深田 何が入ってるか分かりませんしね。
藤原 それを見て連絡をいただけたっていうのが、ぼくの人生最大の奇跡でしたね。ぼくにとっての「3大恩人」は吉田照幸さん、内村宏幸さん、サンドウィッチマンさんですから。
深田 でも、確かにコント台本送りつけるって、なかなか思い切った行動ですよね。
藤原 今思い出したんですけど、当時、「放送作家の夢通帳」ってのを作ってたんですよ。
深田 なんですか、それ?
藤原 放送作家になるための努力を金額に換算して、通帳に記入していたんです。例えば、「今日はコントを書いた。500円」「企画書を書いた。1000円」とか。これがいくら貯まったら放送作家になれるのか?実験みたいな感じでつけてたんです。それもあって、思い切って「サラリーマンNEO」にコント台本送ったんですよ。コント台本書いたときより、コント台本をテレビ局に送ったときの方が、通帳に貯まる努力の額が高いので。でも、全部ぼくのさじ加減で金額決めてるんですけどね(笑)
深田 おかしなことやってたんですね(笑)
藤原 そうですよね(笑)わりと早めに放送作家になれたから、そんなに通帳の額は貯まらずに放送作家になれたんですけどね(笑)
▼藤原さんがつけていた実際の「放送作家の夢手帳」
| 名前 | 藤原 ちぼり ふじわら ちぼり |
| 出身地 | 岡山県岡山市 |
| 生年月日 | 1979年6月17日 |
| 主な担当番組 | – サラリーマンNEO – となりのシムラ – 笑アニさまがやってくる など |
Q:今後、関わってみたい番組は?
需要があるか分かりませんが、妖怪の番組をいつかやりたいです。
Q:今後の放送作家としての展望や人生の目標は?
書ける作家でいたいです。
Q:放送作家になってから1番嬉しかったことは?
サンドウィッチマンさんと一緒の番組をやれたこと。
深田 すごい気になったんですけど、妖怪好きなんですか?
藤原 そうなんですよ。ぼく、大学の卒論、妖怪をテーマにして書きましたから。「妖怪検定」っていうのも、初級ですけど持ってますし。
深田 けっこうガチなんですね。「ゲゲゲの鬼太郎」が好きだったとかですか?
藤原 まさに入りはそうですね。「妖怪には夢がある」って思ってるんですよ。ぼくの妖怪好きは「ビックリマン」みたいな感じですかね。「こんな妖怪いるんだ~」って知っていくのが楽しい。地方によって妖怪の特色があったりするし。
深田 妖怪を好きってこと自体がなんか面白いですね(笑)
藤原 ただ、年々色々なことが解明できるようになってきているから、現代では妖怪が減ってるんですよ。
深田 と、言いますと?
藤原 昔は不思議な現象とか人間の考えが及ばないことが起こったとき、それを妖怪のせいにしてたんです。家が揺れた、とか。天井に謎のシミが出来た、とか。そこから妖怪が生まれたんです。だから、今は妖怪が生まれにくくなってるんですよ。
深田 あ~、なるほど。でも、妖怪の番組ってどんなイメージですか?
藤原 具体的なイメージはそんなにないんですけどね(笑)コントには出来ると思ってよく案は出すんですけど。妖怪のコント出してもなかなか通らないんですよね(笑)
深田 でも、放送作家の松本建一がクラウドファンディング型ネットテレビの「プラステレビ」ってやつをやっていて、数自体は少ないけど、熱狂的なファンがいるジャンルの番組がそこなら実現できるって言ってたので、まさに妖怪の番組は向いてるんじゃないですか?そこで企画出してみたらどうですか?
藤原 あ~、いいですね。考えてみます。
深田 ちなみに3大恩人のサンドウィッチマンさんとは、どこでお仕事されたんですか?
藤原 最初は「東北魂TV」という番組でお会いして、「サンドウィッチマンさんのM―1優勝が、ぼくが放送作家になるきっかけです」っていうのも話させていただいて。それから、ライブツアーも手伝わせていただいてます。
深田 憧れの人のライブに関われてるって最高じゃないですか。
藤原 そうですね。めちゃくちゃありがたいです。ラジオも一緒にやらせていただきましたし、あの時のテレビで見てたことを思うと本当に夢みたいです。
深田 そろそろお時間ですけど、他にアピールとかあれば。何かあります?
藤原 プロフィールにも書かせていただいたんですけど、脚本協力をさせてもらった映画が11月29日に公開されるので、ぜひ多くの方に見ていただきたいです。
深田 どんな映画ですか?
藤原 芸人の永野さんが原作・脚本で斎藤工さん主演の「MANRIKI」っていう映画です。小顔になりたい女性の顔を斎藤さんが万力で小顔矯正するっていう話です。
深田 すごい話ですね(笑)監督は誰ですか?
藤原 清水康彦さんっていう、CMとかアーティストのMVをよく撮ってる方なんですけど。
深田 清水康彦さん?…知ってる!!AKBのMV撮ってたでしょ?
藤原 そうですね
深田 秋元康さんのドキュメントで出てましたよ。AKBって1曲出すごとにカップリング曲を4曲くらい作るから、MVもそれぞれ違う監督が撮って、それを秋元さんがプレビューするんですけど、けっこうピリついた空気なんですよ。けど、清水さんが撮ったMVを見て、「ぼくは君のが1番好き」って笑うシーンがあるんですよ。ぼく、そのドキュメント20回ぐらい見てるんですけど(笑)あの人か~。なんかテンション上がったな~。楽しみにしときますね。
藤原 よろしくお願いします。
| 名前 | 藤原 ちぼり ふじわら ちぼり |
| 出身地 | 岡山県岡山市 |
| 生年月日 | 1979年6月17日 |
| 主な担当番組 | – サラリーマンNEO – となりのシムラ – 笑アニさまがやってくる など |
【取材後記】
藤原さんと話しているときの感覚は、限りなく“友達”に近い。
お互いに敬語で話す仲なのだが、
一緒にいる時の心地良さとか空気感は“友達”に分類される。
なので、ぼくは勝手に友達扱いをしている。
しかし、よく考えると、
ぼくはそんな“友達”とちゃんと仕事をしたことはない。
よくよく考えると、
会った回数は10回ほどしかない。
よくよくよく考えると、
飲みの席で知り合った瞬間から“友達”のような感覚があった。
なぜか?
それは…ひとえに藤原さんが“いい人”だからだ。
取材後記を書くにあたって、本編記事を何度も見返してみたが、
「放送作家になったきかっけ」も
「放送作家になるために作っていた“夢手帳”」も
「妖怪の話」も
全部、その真面目さやピュアさが出てしまっている。
この取材で自分のことを話すのにも、
汗を流しながら(太っているせいもあるが)
1つ1つ丁寧に、一生懸命に、言葉を選びながら話してくれた。
ぼくはちゃんと仕事をしたことがないけど、
取材中のこの姿を見ると、
「こんな風にいつも仕事しているんだろうな~」と思った。
きっと、コントのセリフ1文字1文字に、
汗を流しながら、こだわり、丁寧に、仕事をしているんだろう。
たぶん、いや、絶対に器用なタイプではないはず。
でも、ぼくがプロデューサーやディレクターなら、
こういう人間に仕事を任せたいなと思う。
「この人に任せたら成功するだろうな」というより、
「この人に任せて失敗しても後悔しないだろうな」と思える人だから。
でも、やっぱり藤原さんの汗はあんま見たくないから痩せて欲しい。
健康に長生きもして欲しいですしね。
友達なんで。

